なぜ日本はサブスク化の浸透が遅かったのか?
――御社は企業のDXを支援しながら、御社自体がDXを先駆けて体現されています。神谷さんは2014年10月にアドビに参画して以降、プロダクトのサブスクリプション化を中心に自社のDXをリードしてこられましたが、7年間でどういった転換点があったか、うかがえますか?
やはり、入社当時のサブスク化の定着に奔走したことが思い出されますね。アドビは2011年にプロダクトのサブスク化を発表し、日本でも翌年から提供を開始しました。ただ、日本では他国に比べてサブスクへの移行が遅れており、それを強力に推進することが私の入社時のミッションのひとつでもありました。
そこでまず、日本のメンバーだけでなく本社も交えてタスクフォースを組み、なぜ日本で浸透しないのか、半年ほど徹底的にアセスメントをかけました。その後、一気に攻勢をかけた経緯があります。
――なぜ、日本ではなかなかサブスク化が進まなかったのでしょうか?
ひとことで言うと、世の中にサブスク文化の理解がほとんどなかったことだと思っています。私はアドビの前には音楽業界にいたのですが、他国は音楽配信サービスが進む中、日本だけがまだCD文化が根強かったんですね。IT業界でも月額制を導入していたのはアンチウイルスソフトくらいで、エンドユーザーも販売パートナーも、サブスクとはそもそもどういったものなのかがピンときていなかったのです。パイオニアだからこそ、その文化の理解と醸成から着手しなければならず、苦労がありました。
合わせて日本では、購入したらモノとして所有したい、クラウドサービスに課金するのは抵抗があるという人も多かったように思います。
データによる顧客の可視化を2015年に確立
――サブスク化というDXを進めるには、組織や体制構築、社内の意識の変革、そしてアドビのシフトを顧客や販売パートナーが理解すること、という3つの観点が重要になるかと思います。神谷さんが特に意識されたことは、どういったことでしょうか?
大事にしていたのは「まず顧客ありき」ということでした。以前のパッケージ販売ですと、流通を介してエンドユーザーに届くので、アドビ自身としては流通の先はまったく見えていませんでした。
それをサブスクに切り替えることは、つまり顧客との直接の接点を増やすことに他なりません。それを軸に、たとえば組織なら「対流通」メインだった体制を「対顧客」に変えることが必要ですよね。販売形態やECサイトの見せ方も違ってくるので、直接的に顧客に向けたビジネスが円滑に進むよう、かなり大きな組織の“手術”をしました。
社内に関しては、2つポイントがありました。ひとつは、リーダーを筆頭に――当時は私がリーダーだったわけですが、経営幹部がしっかりと目指す姿を打ち出すこと。もうひとつは、データによる徹底したユーザー状況の可視化です。「DataDrivenOperatingModel」、社内では略してDDOMと呼んでいますが、Discover(発見)からRenew(更新)までのカスタマージャーニーを可視化し、顧客が製品をどのように使っているかがわかるモデルを2015年半ばに確立しました。
CEOから現場まで全員が共有する「DDOM」
――それは、かなり早いタイミングですね。DDOMのダッシュボードに、営業やマーケティングや他部門も積極的にアクセスして活用されているのですか?
はい。組織を再編した上でひとつにしていくために、全員が共通のデータを見られるようにしたことは大きかったと思います。私も月曜朝に必ずチェックしますし、日本のメンバーも、またCEOやCMOも皆が見ています。DDOM自体も毎年改善していて、今では日本でも本社でも、時間のロスなく週の頭から最新データを把握した状態で会議を始められるので、スピード感を持ってアクションにつなげられます。当然ではありますが、DXではデータという共通言語が非常に重要だと実感しています。
――それが御社の実行体制の強みなのですね。では顧客や販売パートナーへは、理解促進のためにどういった活動をされてきたのでしょうか?
アドビ自体のDXを関係各所に理解していただくためには、相当の時間をかけました。当社には大きく3種類の販売パートナーがあり、ひとつは法人マーケットで販売されている、たとえば大塚商会さんのような企業。2つ目はいわゆるリテールやEテールと言われる、Amazonさんやヨドバシカメラさん、ビックカメラさんのような量販チャネル。3つ目はOEMのパートナーで、我々のプロダクトをPCに組み込んで販売されたりしています。
まず、これら各パートナーに合った、サブスクベースのライセンスを設定しました。かつ、流通ごとにプログラムを個別に立ち上げ、先方の意見を都度取り入れながら修正していきました。
難しかったのは、やはりパッケージ版の販売から1年単位のサブスク契約になると、流通からは売上が落ちるように見える点をどう理解いただくか、ということです。1年後、2年後、5年後とシミュレーションし、このくらい更新率を維持できると翌年はこうなる、といった形で売上と利益の見通しを各社と立てていきました。