ユーザー不在の議論に意味はない
Cookieレスに関わる議論の中では、「今後どんな別の方法でユーザーを追跡するか」「業界大手が推奨する手法に従えば間違いない」といった意見が多く聞かれます。たしかに、個人を特定する情報を使わずに広告の成果をあげることは重要ですし、大手企業が提唱するソリューションを使用することの安心感は相対的に高いでしょう。
しかし、ここで再度思い出すべきは、今日のデータプライバシー議論は大手企業の個人情報の取り扱いに端を発するものであり、ユーザーの多くが企業に利益目的で追跡されることを嫌っているという事実です。
実際、iOS14.5での「App Tracking Transparency(ATT)」導入以降、全ユーザーの1割ほどしか追跡を受け入れていないことがわかっています。Cookieレスに関する様々な企業の情報発信を見ていると、広告主や広告プラットフォーム、パブリッシャーのメリットを念頭に置いているものは多くありますが、実際に広告を見るユーザーの体験・印象を踏まえたものはまず多くありません。今も昔も、ユーザー不在で広告が成立することはないはずです。ユーザーの望む情報や体験をいかに提供できるかが、Cookieレス時代の広告・マーケティング成功のための重要なヒントではないかと考えます。
「枠から人」でも「人から枠」でもない
かつて、広告技術の進化によって、インターネット広告のプランニングや運用は「枠から人へ」と変化したと言われました。事業者によりあらかじめ用意された「広告枠」を買う広告配信から、ユーザー行動履歴を精緻に分析した「個人」ターゲティングへと移行することで、広告主や広告会社・広告配信事業者の効率面でのメリットは大きくなりました。
その一方で、ユーザーが接しているサイトやコンテンツの内容とは関係のない広告が配信されることのデメリットの大きさが近年指摘されています。不快な広告体験によりブランドや商品に対してマイナス感情がわき、これを挽回するのが非常に難しいというものです。
それならば「人から枠へ」と逆戻りすればよいのではという意見もありますが、そう単純でもありません。着目すべきは、追跡されること自体に、また自分の状況や気分を無視した広告が表示されることにユーザーが嫌悪感を覚えているということで、ユーザーの関心を適切に捉えた広告表示ができれば、広告体験は大きく変わると思います。

ユーザーの関心ベースというとコンテクスチュアル広告のみに注目が行きがちですが、Googleのプライバシーサンドボックスもユーザーの関心ベースの取り組みです。また、データやIDを使ったアプローチにおいても、匿名性や機密性を確保しユーザーに安心感を提供することができれば、これは実現可能だと考えます。上手い表現かはわかりませんが、言ってみれば「“枠・人”から“人の関心・文脈”へ」といったところでしょうか。