マスマーケティングのキャリアを携えて、Uberへ
木村:今日はUber Japanの中川さんにお話をうかがいます。実は中川さんは、ユニリーバで私の先輩だった方です。私自身は新卒でユニリーバに入り、営業などを経てLUXのマーケティングを担当していたのですが、カテゴリー内の競争が激しくなる中、シニアマネジャーという形で来てくださったのが中川さんでした。LUXは現在も首位をキープしていて、その地盤を作られた方です。
中川:中川と申します。新卒でP&Gに入社しまして、コスメのブランドや大人用紙おむつのマーケティングを担当していました。その後リヴァンプという事業再生支援会社に転職した後、飲食店を展開する会社の事業再生を担当すべく転職し、プロモーションだけでなく来店時の体験も含めた企業価値向上施策に全般的に携わりました。
その後は木村さんがお話しくださった通りユニリーバに12年間在籍し、最後の4年間は日本のマーケティングチームを統括しました。
木村:そして今年1月に、Uber Japanのマーケティング・ディレクターに就任されたのですよね。
中川:はい。10年後や20年後に自分の仕事を振り返ったとき、「今普通に使われているあのテクノロジーやサービスの普及に、自分は多少なりとも携わっていたんだ」と思えるような仕事がしたいと思ったんです。一つのきっかけは、私の母から「『愛の不時着』を見たいからNetflixの使い方を教えてほしい」と連絡があったことでした。母は今70歳なのですが、何歳になっても新しいものを取り入れて生活を変えていける、これはすごいことだと改めて感じました。現在はUber EatsとUber Taxiの2つのブランドのマーケティングを統括しています。
マーケティングの考え方、最大の違いは?
木村:今回中川さんに対談をご依頼した大きな理由は、ユニリーバで行われるようなマス中心のマーケティングと、最近のD2C企業が取り入れているようなデジタルドリブンなマーケティングをどのように融合させていくか、実践的なお話をうかがいたかったからです。
私は今年に入ってから、ユニリーバグローバルが買収したラフラ・ジャパンというスキンケアの会社の代表を務めています。D2Cに近い形態で、ユニリーバ本体のマスブランドとは予算規模も違います。このようなブランドが成果を可視化しにくいマスマーケティングをいかに取り入れてブランドを成長させていくか、難しいと感じていました。
始めに大きな話ですが、P&Gやユニリーバのような会社からUber Japanに移られて、マーケティングの考え方で大きく変わった点はありますか。P&Gやユニリーバは日用品を扱い、アプローチはマスマーケティング中心、これに対してUber Japanはデジタルプラットフォームが購買の起点で、マスマーケティングとデジタルマーケティングを融合しながら、成長を創られていますよね。
中川:最大の違いは、Uberではハビットアダプト(習慣の定着化)が第一の課題になるということです。これがコミュニケーションのアプローチの違いにも反映されています。
日用品の場合は、基本的には消費者はそのカテゴリー自体を使うハビットが身に付いていました。私が担当していたようなシャンプーなどのカテゴリーは、特にそうだったと思います。
それに対してUber Eatsは、たとえば日本では5年前までは存在しておらず、誰も使っていなかったものですよね。そのためユーザーに、ブランド認知の変容よりもさらに大きな、“本当の意味での態度変容”とでも言えるような変化を起こしてもらうことが必要になります。まず知ってもらって、使ってみたいと思ってもらって、アプリをダウンロードしてもらって、登録してもらって、頼んでもらって、食べてもらう……このステップをどのように踏んでもらうかを考えるのが、大きな仕事です。
木村:なるほど。私も実はコロナ禍以前はUber Eatsを使っていなかったのですが、振り返るとやはり、使い始めるまでのハードルが高かったなと思っていて。
シャンプーのように使うことが既に当たり前になっているマス商材では、競合との差別化が重要で、競合よりも先に思い出してもらうという第一想起を重視して、マーケティングをしてきたと思いますが、「ハビットを変える、定着させる」ということに主眼を置いたとき、意識されていることはありますか。
中川:セグメントを分けて、コミュニケーションを丁寧にデザインすることは、これまで以上に重視しています。こういう新しいサービスの場合は「なくても生活できている」という現在のハビットの“慣性”が一番の敵になります。それを乗り越えてもらうには、レレバントな(関連性の高い)メッセージを届けることが極めて重要です。