デジタル環境に注目
まず、デジタル環境を捉えた研究として、デジタル環境下の消費者行動、プラットフォーム、検索エンジンを対象とした3つの論文を解説します。
1つ目の消費者行動を対象とした研究が、慶應義塾大学の山本晶准教授による「一時的所有行動に関する概念的検討(PDF)」の論文です。モノを所有し続けるのではなく、メルカリなどに売却するという消費者行動を説明する「一時的所有行動」概念に焦点をあて、その定義や研究機会を提示したものです。近年、オンライン・プラットフォームにより生まれた、モノを一時的に利用したり、不要なモノを売却したりするという新しい消費者行動は、一時的所有行動だけでなく、リキッド消費やアクセス・ベース消費、シェアリング・エコノミーなどの複数の概念で説明されます。本研究では、それぞれの概念や、デジタル技術以前からみられる消費者行動を一覧に整理し、その差異を説明しています。新しく生まれた消費者行動を体系的に理解するのに、最適な論文だといえます。こうした理解は、新たな研究機会だけでなく、ビジネス機会をもたらすと考えられます。
2つ目のプラットフォームを対象にした研究が、早稲田大学の根来龍之教授と拓殖大学の足代訓史准教授による「マーケティング機能をめぐるプラットフォームと個別事業の相互作用的進化(PDF)」の論文です。プラットフォームであるLINEと、それを利用するスターバックスを取り上げ、そのマーケティング機能の拡張の歴史に焦点をあてたものです。従来のプラットフォーム研究では、利用企業は、プラットフォームの単なる利用者(補完者)としてしか扱われていませんでしたが、両者が協業することで、相互に影響を与え、機能を拡張していることを提示しています。なかでも、協業することで、機能を共に共創するだけでなく、互いの機能を棲み分けするために競争することで、それぞれが独自の機能を拡張するという競争的共創がみられる点が、本研究のユニークな視点です。こうした視点は、プラットフォームを活用する場合はもちろん、研究する際の示唆となると考えられます。
3つ目の検索エンジンを対象にした研究が、静岡大学の遊橋裕泰教授と森田純哉准教授による「地域情報ポータルにおける感性検索サービスの試行的市場投入(PDF)」の論文です。地域情報ポータルサイトを取り上げ、地域に関するブログ記事を検索する際に、ポジティブ、ネガティブ、インパクトという感情表現についての評価を加えた「感性検索」に焦点をあてたものです。実務家と研究者の共同研究により、ブログ記事のテキストマイニングを行った結果、感性検索を開発し、Googleカスタム検索と比較したフィールド実験(実際の市場での実験)を実施し、アクセスログによる量的分析と、利用者インタビューによる質的分析を通して、感性検索の可能性を提示しています。こうした産学連携の実践と研究は、今回紹介した論文が掲載されているマーケティングジャーナルを発行する日本マーケティング学会の目指すべき姿であるといえます。

マーケティング活動に注目
次に、マーケティング活動を捉えた研究として、デジタル環境下のチャネル、プロモーションを対象にした2つの論文を解説します。なお、両論文ともに、マーケティング成果との関係も分析しています。
1つ目のチャネルを対象にした研究が、亜細亜大学の西原彰宏准教授と法政大学の新倉貴士教授による「流通機能とモバイルアプリ―探索的な消費者調査―(PDF)」の論文です。複数のオンライン販売のモバイルアプリを取り上げ、それらの利用実態の解明に焦点をあてたものです。こうしたアプリを、リーダー型モバイルアプリ(アマゾン、楽天、ヤフーショッピング)や、市場特化型モバイルアプリ(ロハコ)、機能特化型モバイルアプリ(キューテン)に類型化した上で、リーダー型モバイルアプリであることや、買物のスマートさと楽しさが、ロイヤルティを高めることを提示しました。こうしたオンライン販売のモバイルアプリに関する体系的な理解は、新たな研究機会だけでなく、ビジネス機会をもたらすと考えられます。
2つ目のプロモーションを対象にした研究が、早稲田大学の須田孝徳助手と青山学院大学石井裕明准教授、上智大学外川拓准教授、名城大学山岡隆志教授による「デバイスの違いが消費者反応に及ぼす影響―解釈レベル理論による効果の検討―(PDF)」の論文です。パソコンとスマートフォンという2つのデバイスを取り上げ、解釈レベル理論における心理的距離に焦点をあて、デバイスによる消費者反応の違いを解明しようとしたものです。解釈レベル理論では、人が対象との心理的距離(時間的・空間的・社会的距離など)を遠く感じる場合には、対象を高次の解釈レベル(抽象的・本質的・目標関連的)で捉え、一方、心理的距離を近く感じる場合には、低次の解釈レベル(具体的・副次的・目標非関連的)で捉えると言われています。彼らの研究は、消費者が、パソコンに比べ、スマートフォンを利用する場合に、表示内容をより近く感じ、解釈レベルが低くなり、そして、低次の解釈レベルと対応した広告を好むことを提示しました。さらに、スマートフォンに、より近いと感じる広告が表示された場合に、実際に購入数が多くなることを示しました。3つのオンライン実験と、1つのフィールド実験を通して、段階的に解明する手法は、追試も同時に実施され、より妥当性の高い研究成果といえます。こうしたデバイスによる消費者反応の違いを深く理解することは、デバイスの活用や研究する際の示唆となると考えられます。
このように、研究フレームワークにあわせて5つの論文を説明してきましたが、それらの専門領域は異なるものの、密接に関連しています。たとえば、4つの研究がスマートフォンを対象に、さらに、3つの研究がモバイルアプリを対象にするものです。領域が異なりつつも、その成果が他の課題解明のヒントになることが想定され、研究者も実務家も、マーケティング分野に限らず、視野を広げ研究を理解する意義があると考えられます。