日本の法律で海外プラットフォーム事業者を規制できるのか?
高橋:現在指定されている特定デジタルプラットフォーム提供者の中には、海外資本の企業も含まれます。実際のところ、日本の法律で規制ができるのでしょうか。

1988年生まれ。外国語大学卒業後、リクルート、Criteoなどを経て、RTB Houseの日本法人立ち上げを経験。2021年から外資系の日本進出や複数の日本企業のアドバイザーを兼任。
村瀬:2つの観点からお答えします。1つは、先ほどお話しした共同規制です。共同規制では様々な関係者がプラットフォーム事業者による取り組みの状況のレビューを行い、その評価結果を経済産業省が公表します。規制対象である大規模プラットフォーム事業者は、利用者からのレピュテーションを重視しますので、この評価結果が、法律の実効性を担保する大きな手段になり得ると考えられます。
高橋:対応が不十分であることが明らかになると、事業者や消費者から「あのプラットフォーム、なんだか不親切らしいぞ」という印象を持たれかねない、ということですね。
村瀬:はい。そうした評価を踏まえて、プラットフォーム事業者各社が自主的に透明性・公正性の向上に向けた取り組みを行っていくことが期待されます。
そして2つ目は、グローバルの動きです。プラットフォーム事業者を巡る課題への政策対応は日本だけの話ではありません。欧州でも2020年7月にP2B規則と呼ばれるプラットフォーム取引透明化法が施行されたところですが、日本の取引透明化法とは異なり団体訴訟制度があったりしますし、2020年12月に提案されたデジタル市場法案やデジタルサービス法案では、より厳しい行為規制が提案されています(参考資料:デジタルプラットフォームを巡る諸外国の最近の動向)。
米国でも、連邦政府や州の当局によるプラットフォーム事業者への提訴や議会における超党派の法案の提出、プラットフォームを利用する事業者による民事訴訟などの動きもあります。
世界規模で活動するプラットフォーム事業者は、日本だけでなく、このような各国における動きも踏まえて、対応を行っています。その意味では、各国の政府が連携してプラットフォーム事業者への対応に当たっていくことも、今後より重要になってくるでしょう(※5)。
※5 G7の実務担当者会合において、デジタル市場における競争を促進するための各国の国内政策や規制のアプローチについて一連の共有政策目標(Shared Policy Objectives)が合意された。
参考資料:内閣官房 デジタル市場競争本部事務局「G7デジタル市場競争政策立案者会合(Digital Competition Policymaker Meeting)の合意文書について」
高橋:なるほど。2021年に起きたアプリストアの配信手数料の引き下げも、グローバルの動きを踏まえた判断だった可能性がありますね。
村瀬:国内の法整備も、海外の動向を参考にしながら進めてきた経緯があります。ただ、日本の立場は、イノベーションと規律のバランスを取ることが重要というスタンスです。
デジタル広告分野にも適用へ。背景にある問題とは
高橋:ここまで、法律の内容と運用の様子について説明いただきました。続いてデジタル広告分野への適用について教えてください。そもそもどのような背景から、適用が決まったのでしょうか。
村瀬:デジタル市場競争会議ワーキンググループなどの議論を経て、デジタル広告市場に取引透明化法を適用する方針が決定しました。
デジタル広告市場にも、デジタルプラットフォームを巡る課題があります。まずは、アドフラウドやブランドセーフティ、ビューアビリティといった広告の質の問題です。一部の利用事業者(広告主、パブリッシャー等)から、プラットフォーム事業者が開示する情報が不十分である、内容がわかりづらいなどの声があります。このために、「アドフラウド問題に対応したくとも、判定基準など十分な情報提供がないため対策が打てない」という課題があるほか、そもそもこうしたデジタル広告の質に関する問題やその重要性を認識していない広告主も存在します。
この問題は業界全体で取り組むべき課題であり、実際に業界でも自主的な取り組みが進められつつありますが、サービスの提供者として利用事業者よりも圧倒的に多くの情報量を持ち、多数の利用者・配信量を有する大規模なプラットフォーム事業者に対して広告の質の課題に関する説明責任を課すことで、業界全体へもレバレッジを効かせられるのではないかと考えています。取引透明化法が適用された後のモニタリング・レビューにおいては、その政策効果として、広告主によるデジタル広告の買い方がどのように変わってきたかなどについても確認しつつ、同時に、業界による自主的な取り組みを後押ししていきたいと考えています。
高橋:今挙げていただいたような問題には、これまでも業界を挙げて取り組んできましたが、まだ完全とは言えません。改善の取り組みが加速していくことを期待します。他には、どのような問題を認識されていますか。
村瀬:利益相反・自己優遇への懸念に関する課題が挙げられます。デジタル広告市場において、大規模なプラットフォーム事業者は、複数のレイヤーを垂直統合しており、その両面に位置する広告主とパブリッシャーの両方に“良い顔”ができる立ち位置にいますよね。そのため、一方の立場ともう一方の立場の利益が相反するような取引(データの利用など)もできてしまうのではないか、この点がブラックボックスではないか、といった懸念の声があります。また、広告仲介機能だけではなくメディアも運営するプラットフォーム事業者は、自社メディアを優遇した広告配信も可能になるため、不透明性が高くなりやすいのではないかとの指摘もあります。
さらに、システムやポリシー変更、事業活動の制限といった問題もあります。たとえば、「突然システムやポリシーが変更されて広告が掲載されなくなった。理由がわからない」といった声が広告主から挙がっていることや、「あるプラットフォームを利用するにあたって、第三者サービスの利用が制限されている」といった事業活動が制限される契約内容に対するパブリッシャーからの懸念の声などがあることも認識しています。