時代のなかで増していたビジネスモデルの出番
21世紀の社会では、現在のDX(デジタル・トランスフォーメーション)へとつらなる情報化の波が繰り返し押し寄せ、従前からの20世紀型の産業や組織を揺さぶり続けます。そのなかで企業活動の仕組みや構図の賞味期間は短くなり、かつては圧倒的だった競争優位の源泉が各所で失われていきます。多くの企業が、自社の事業の仕組みや構図を問い直す必要に次々と迫られるようになります。ビジネスモデルは、こうした新しい事業の仕組みや構図を検討するためのフレームワークとしての役割を引き受けるようになっていきます。
同じ時期に経済のグローバル化も急速に進みます。勃興する世界の新興国では、先進各国の市場とは異なるマーケティングやサプライチェーンなどの展開が求められました。ここでも日本をはじめとする先進国の企業は、事業の仕組みや構図を問い直す必要に迫られます。ビジネスモデルと向き合う必要性と頻度が、時代の要請のなかで増していったのです。

産業の枠組みを超えたマーケティングの展開
ビジネスモデルの登場以前に活用されていたマーケティング論や競争戦略論の中心は、既存の産業を前提とした分析でした。したがって、社会の情報化やグローバル化の進展を受けて、企業が既存の産業の枠組みを超えたゲームチェンジに挑むには、既存のマーケティング論や競争戦略論の発想を用いるだけでは限界がありました。たとえば、STPマーケティングが提供するのは、既存の産業を前提とした市場を細分化してターゲットを見いだすアプローチです。あるいは5F分析が提供するのは、既存の産業における5つの競争圧力を踏まえて、事業の収益性を向上させる道筋を検討するためのフレームワークです。
しかし近年、私たちは市場において、既存の産業の枠組みを超えたゲームチェンジを次々と目にするようになっています。たとえばネスレ日本は、家庭向けコーヒーマシンのバリスタを、「ネスカフェアンバサダー」のプログラムを用いてオフィス向け市場で展開するようになっています。あるいはアップルやアンドロイドは、スマートフォンのOSをベースにエコシステムの形成に注力することで躍進を果たしています。音楽やビデオの視聴のために私たちが日々利用するソフトウェアの流通の仕組みなどにも大きな変化が生じています。産業の枠組みが揺らぐとともに、デジタル技術の活用が進んだことで、マネタイズ(収益源の獲得)やプロモーション(情報の拡散)方法にも新機軸が続々と生まれています。
ビジネスモデルと向き合う必要性の高まり
実務家や研究者がビジネスモデルを必要とした背景には、こうした既存の産業の枠組みを乗り越えていく新時代の事業のダイナミズムに向き合う必要性への関心の高まりがあったと考えられます。「ビジネスフロー」「ビジネスモデルキャンバス」「ブルーオーシャン戦略」「戦略ストーリー」といった、現在ではビジネスモデルを描くためのツールとして広く活用されるようになっている図式は共通して、既存の産業の枠組みを超えた活路を見いだしたり、事業の構想を行ったりすることを、ねらいとしています。さらに、これらのビジネスモデルは、環境問題や社会問題など、営利以外の目標に企業が反応していく際にも活用しやすいのです。
そして今、そこにコロナ禍が加わり、私たちの日々の生活、働き方の変化が加速しています。どこでどのように稼ぐか、どのような競争に備えるかというビジネスの問題は、さらなる転換期へと突入しています。既存の産業の枠組みを前提としたマーケティング論や競争戦略論の図式に加えて、ビジネスモデルと向き合うことが、一段と重要になっています。
ビジネスモデルが登場し、普及した背景には、時代の文脈があります。今は、企業の経営やマーケティングにかかわる人たちが、経験則にとらわれずに、事業を前提から深く掘り下げて問い直すことを強く求められる時代なのです。
