※本記事は、2022年5月25日刊行の定期誌『MarkeZine』77号に掲載したものです。
マーチン・ソレル氏、WPP退任とS4 Capitalの設立
英国王室から「Sir」の称号を授かっているマーチン・ソレル(氏)は、77歳になった現在も広告・コンテンツ業界を牽引している。1985年に「WPP」を創業(買収)し、JWT、Ogilvy、Y&R、Greyなどをグループ傘下に収め、WPPを世界一の広告ホールディングスに成長させたソレル氏は、2018年にWPPを退任。ここで引退かと思いきや、同年にロンドン証券取引所上場のSPAC(特別買収目的会社)へ約58億円(5,300万ドル)の自己資金を注入とさらに資金調達を行い、「S4 Capital」社を設立する。WPP離脱から1年以内に株式市場にカムバックするという離れ業だった。
S4 Capitalの収益の主体は「コンテンツ(を作る・提供する・運営する)」が7割、「プラットフォーム上でのメディア収益」が3割で、旧来のエージェンシーの事業の向きとは別の事業構造を持つ。コンテンツ側の「MediaMonks」を買収し、さらにデジタルメディアバイイング側の「MightyHive」も買収、現在はこの2社を一体化させて「media.monks」の事業名で展開している。この新事業名からも、コンテンツとメディアの主従関係がわかる。気づきは、「(儲け、需要のある)コンテンツ」の定義にすら変化をもたらしている点だ。
「二人称から一人称」へのコンテンツの動き
筆者の解釈で、コンテンツ事業における地殻変動は「二人称から一人称」への動きにある。これまで、人々は目の前の「テレビ」「スマホ」「デスクトップ」「新聞や雑誌」と対面(二人称)で見聞きする情報を「自分」が受け取っていた。これを、さながら「二人称(画面と自分)」のコンテンツ状況とたとえてみる。コンテンツの提供側は、なるべく瞬時に・文脈に沿って、「放映枠」「紙面枠」「YouTubeの枠」に作品を「(パーソナライズ化しようとも)はめ込む作業」が、Web2.0世界における「枠コンテンツ」事業だった。
一方、「一人称(コンテンツ)」とは、「Oculus2」を被ったメタバースの世界やゲームの「Fortnite」上ですでに成立しているものだ。「データの中のジブン」から見たコンテンツを指し、映画「マトリックス」のような世界を「一人称」とする。
たとえば、Tesla車も「デバイス」と捉えれば、自動運転から提供されるのは「移動」ではない。「コンテンツ・データの中」で、リアルの「ジブン」が一人称コンテンツを受けている。Teslaデバイスにおいて「箱根の温泉旅館まで行く」とき、自身の気持ちに沿った一人称データを入力し(例:旅館に直行せず、富士山を見ながら回り道する)、それに即したコンテンツ映像(例:富士山の景色)を見ながら、「安全に・リラックスしたジブン」が存在する。受け身で鑑賞するドライブ映像だけでなく、Tesla環境では、リアルタイムに「突如降ってくる雨」「路上に飛び出す動物」「虹が出ている」などを受けて、一人称のジブンが「対応する、感動する」という情報もコンテンツになる。
この一例は絵空事ではなく、すでに「コンテンツ」として膨らんでいて、S4 Capitalはこれらを自社の中心に位置づけて事業を進めている。「メタバース」などはほんの入り口のコンテンツにすぎず、さらに「eスポーツ」「音楽・エンタメ」「政府」「医療」など30ほどの専門分野に領域を広げて、クライアント企業に先出ししている。