好調の波に乗る川崎ブレイブサンダース
今回紹介する書籍は『ファンをつくる力 デジタルで仕組み化できる、2年で25倍増の顧客分析マーケティング』。著者は、プロバスケットボールチームの川崎ブレイブサンダースでマーケティング担当を務める藤掛直人氏です。
藤掛氏はDeNAでスマホゲームのプロデューサーなどを務めた後、スポーツ領域の新規事業開発を担当。川崎ブレイブサンダースの承継交渉をまとめ、経営戦略立案などを主導しました。体制構築後の現在は事業戦略マーケティング部の部長として、マーケティング領域を統括しています。
本書は、川崎ブレイブサンダースというスポーツチームのビジネス戦略を紐解き、中でもデータ活用とデジタル施策の詳細に迫った一冊です。約3年でリーグ動員数1位を達成し、YouTubeチャンネルの登録者数やTikTokのフォロワー数は日本のプロスポーツクラブ屈指の規模を誇る川崎ブレイブサンダース。同チームのマーケティング施策を振り返りつつ、成功要因を解き明かすことで実践的なノウハウを提示します。
著者によると、ファンはあらゆる恩恵を企業にもたらします。売上への貢献はもちろん、彼らのSNS上への書き込みが、高い信頼性をともなう口コミ(=PR)につながるからです。では、具体的にどうやって「ファンづくり」を進めてゆけばよいのでしょうか?
ファンづくりは仕組み化できる
藤掛氏は「ファンづくりは仕組み化できる」とした上で、3つのプロセスを紹介しています。
第1のプロセスは「個性の定義と体現」です。消費者はブランドの個性を好きになってファンになりますが、ブランド側は消費者の思い描くブランドイメージを完全にコントロールすることはできません。しかし「他とは違う個性を定義することで、ブランドイメージを方向づけることはできる」と藤掛氏は語ります。実際、川崎ブレイブサンダースでは、興行などのサービス面を「EXCITING BASKET PARK」と、選手やスタッフなどの競技面を「BE BRAVE」と定義。その結果、施策の一貫性を保つことができ、またサービスや競技を体験した人にチームの個性を感じ取ってもらえたといいます。
第2のプロセスは「体験価値の最大化」で、第3のプロセスは「体験人数の増加」です。川崎ブレイブサンダースでは、これら2つをデータ活用とデジタル施策の両輪によって実践しているといいます。
「スポーツビジネスの世界にはデータが少ない」と藤掛氏が語る通り、川崎ブレイブサンダースでもチケット販売の日次データや過去施策の効果測定結果、来場数の多い顧客属性など、戦略を検討する上で確認したいデータが少なかったといいます。そこで、まずは現状把握のためにこれまで複数あったチケット販売チャネルを一本化。得られた販売データで全試合のチケット販売の推移を分析した結果、想定よりも販売数が少なくなりそうな試合の事前予測と、その試合に対する追加のプロモーションを実現し、体験人数を最大化したのです。
SWOT分析で把握した強みをYouTubeの企画に反映
体験人数の増加にはYouTubeも活用。川崎ブレイブサンダースでは元々YouTubeチャンネルを開設していたものの、動画の内容は試合のハイライトやプレー集など、既存ファンに向けたものがメインで「新規ファンの開拓を見据えたコンテンツではなかった」と藤掛氏。そこで、動画の内容を新たに練り直すために「SWOT分析(※)」を用いて自分たちの強みを把握したといいます。
※マーケティング戦略立案のための分析手法のひとつ。自社や自社の製品・サービス、市況や競合他社などを「強み(Strength)」「弱み(Weakness)」「機会(Opportunity)」「脅威(Threat)」に分けるのが特徴
SWOT分析の結果、プロバスケチームである強みとYouTubeらしい企画が交わる領域に注力する方針を決定。「プロなら目隠ししても余裕でバスケできるよね?」「プロバスケ選手がゲーセンにあるシュートゲームに本気で挑戦した結果…」など“プロバスケ×やってみた系”の企画を投稿したところ、公式アカウントの登録者数が10万人を突破したというのです。
本書全体に通底するのは、マーケティングの基本の「き」に則った取り組みが重要であるというメッセージです。基本のマーケティング手法を起点にしつつも、体験価値や体験人数の最大化を通じてファンの獲得を目指す──この姿勢にこそ川崎ブレイブサンダースの強みがあると感じます。「購買行動を促すのみのマーケティングから一段階ギアを上げて、ロイヤルティの高いファンをつくりたい」と考えるマーケターの方は、ぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか?