前例のないマーケティング課の浸透に、大事だったこととは?
高橋:町の方の声を基に潜在的なニーズを拾い、ターゲットに合わせた施策を企画するなど、まさにマーケティングを実践されているわけですが、自治体でマーケティングを取り入れるというのは前例がないだけに、軌道に乗せるまで大変だったのではないでしょうか?

河尻:初めは理解を得られませんでしたね。まだ自治体の中でマーケティングが一般的ではなかったこともあって、市役所庁内で一緒に何かをするというのは難しかったです。マーケティングっていう言葉の持つイメージで「自治体で金儲けをしてもいいんですか?」と聞かれたこともあります(笑)。
結局、人はわからないと恐ろしく感じて距離を置いてしまうので、まずは市長みずから研修を行って、流山市がどのような状況で、目指すべきところはどこで、そのために必要な視点としてマーケティングを取り入れるんだということを話しました。
ただ、マーケティングって自治体で前例がないので、どんなに言葉を尽くしてもなんとなくしかわかってもらえないんですよね。理解を浸透させるには目に見える形で示していくほかないと感じ、マーケティング課では親和性の高い部署と企画イベントを一緒にやってメリットを感じてもらったり、人口が増えた結果を見てわかってもらったりして、ようやくといったところです。
人を動かすのは明確な理由と本人のメリット
高橋:企業で新しい取り組みを始めるときと似ていますね。新しい取り組みには見えないものが多いので、なぜそれをするのかを伝えるとともに、実現したら自分や会社がすごく成長できるとか、給料が上がるとか、未来の果実を語ってやる気を高めてもらう。人は理由がないと動かないし、自分に返ってくる何かがないと続かないので、具体化した未来を見せるのは大切だと思います。
特に町は個人の集合体なので、コンセプチュアルな話も含めてより具体的に落とし込まないと難しいでしょうね。
河尻:おっしゃるとおり、町のため、人のためというのは聞こえが良いですが、結局は「町のためって何?」となってしまいます。また、もしやる気になってくれたとしても、ボランティア的なことだと続かないんですよね。そのため、自分たちのニーズを満たせる、人生が充実するようになるなど、「ジブンゴト」としてとらえられるメリットを具体的に伝えることは徹底しました。
とはいえ実際は、就任初日に「あなたのミッションは、人口増加につなげるための流山市の認知度とイメージの向上です」と言われただけで、前例がないからやるべきことも決まってないし、何をすれば成功するというのもなかった状態だったので、試行錯誤の連続でした。自分で考えたことを次々やってみて、失敗したら検証してやり直していって、1年くらいかけてようやく形にしていけた感じです。
高橋:入ってすぐの河尻さんに1からプランニングを任せた市長もすごいですし、Howがない中で1年かけて形にした河尻さんもすごい。運命的なマッチングを感じますが、同時に、命題がすごくクリアで、市長がぶれずにコミットしていたのも大きな要素に感じます。
河尻:そうですね、マーケティングやプロモーションはすぐに効果が出るというものではないので、1年程度の取り組みだけで評価して、もうやめよう、ターゲットを変えようなどと言う市長だったら成功しなかったと思います。
また、すべてが自由という環境はやりづらいと感じる方もいると思うので、そこは私に合っていたと思います。私は前職の民間企業でもマーケティングに携わっていたものの、分業制で自分の分析結果がどう使われたのかまでは追えない環境でした。その点、ここでは一貫してできることに楽しさを感じています。
マーケあり!ポイント
・人に動いてもらうには聞こえの良いことだけではなく、関係者のニーズを満たすことを示すなど、「ジブンゴト」になるメリットの提示が重要です。
・新規事業や、マーケティング組織の立ち上げなど、まだ将来が見えない未知のものに人が恐怖心や懐疑心を抱くのは当然です。理解をしてもらうために、まずは目に見える結果を出す、というのは民間企業でも共通でしょう。
・河尻さんたちと組織の長である市長が1年という短期スパンで方針をぶらさずに数年取り組みを継続できたことも今の流山市の継続的な人口増加に貢献していると思います。目に見える結果を出すための短期の視点と、あきらめずに取り組みを継続する長期の視点のバランスがとれたことが、流山市が10年間も継続して人口を増加できた理由なのでしょう。