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第106号(2024年10月号)
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翔泳社の本

改めて、顧客分析とは何か。Netflixなど世界のテック企業の事例から基本となる考え方を解説

 世界の名だたるテック企業が現在の地位を獲得できたのは、「人間を理解する──動向を知るために、大勢のデータを幅広く追跡、計測し、収集する──こと」こそが要因であると、データとAIの伝道師と呼ばれるバーナード・マー氏の著書『世界標準のデータ戦略完全ガイド』(翔泳社)にあります。今回は本書から、データ活用において最も重要な目的の1つ「顧客分析」について解説された「第4章 顧客を理解する」を紹介します。

 本記事は『世界標準のデータ戦略完全ガイド データセンスを磨く事例から、データの種類と仕組み、戦略策定のステップまで』(バーナード・マー)の「第4章 顧客を理解する」から一部を抜粋したものです。掲載にあたって編集しています。

顧客分析とは何か

 インターネット、ソーシャルメディア、ネットワーク接続されたデバイス、そしてデータ分析技術を駆使すれば、どのような企業も、自社の顧客は誰でどこにいるのか、その人々の注意を引いて接点を持ついちばん効果的な方法は何かについて、360度の全方位から把握する仕組みを構築できる。あなたの組織がまだ構築していなくても、競合相手はきっとしている。

 顧客分析は、いくつかのレベルに分けて行う必要がある。最初に、広範な市場動向を把握して行動に移す場合の分析を見てみよう。これを行うと、製品・サービスの設計や、生産戦略、マーケティング戦略、流通戦略策定の際に、何に注力すべきかがわかりやすくなる。

 これは市場動向分析とも呼ばれ、「この市場は成長するだろうか、衰退するだろうか」、「市場におけるこの製品への関心は1年前と比べて高いか、低いか」などといった基本的な質問への答えを得ることがねらいだ。

 当然ながら従来の市場調査も変わらず大切で役に立つが、より実のある答えを得るために、近年は販売時点情報(POS)データを活用したり、特定の市場の変動を追跡、記録するためにさまざまなデータの取り込み方や分析手法を採用したりできる。また、雇用水準、利率、GDP成長率などの幅広い経済指標を、近い将来の市場の動きの予測に役立てることもできる。ただ単に特定の時期の市場規模を見るのではなく、市場が成長しているか、衰退しているかの動きを見ることが重要だと覚えておこう。

 自社製品の市場が成長していて、顧客からの注目度も上がりつつあるとわかれば、いまの方向性を維持してリソースを追加投入し、製品の流通量を増やすことができる。反対に、市場に活気がない、または縮小傾向にあるとわかれば、見限って次に移るべきかどうか、または再び活性化するためにできることがあるかどうか(あったとしても、その市場用にマーケティング戦略を練り直すくらいだろうが)を考えることができる。

 広範な市場動向に加えて、特定の顧客グループやときには個人顧客の活動と行動についても分析する必要がある。そうすることで、顧客ひとりひとりの要望をすべて満たせるような、カスタマイズ可能なサービスや好みに合わせたサービスを強化できる。

 顧客ロイヤルティ(ポイント)プログラムは、元はスーパーマーケットと航空会社で考案された。いまはチェーンのレストランやカフェ、そして年々多くの企業が採用している。ロイヤルティプログラムを支える分析基盤が高性能になるにつれて、プログラムは顧客セグメントごとの商品の人気度を測るだけのツールから、顧客に合ったサービスや割引を提供する個人顧客向けプログラムへと進化を遂げた。ここで集めたデータは、需要予測や、顧客をつなぎ止める戦略づくり、オンライン発注を正常に受けつけられないときの代替品選びなど、さまざまな用途に使われている。

 なかでも特に重要な用途が、価格の最適化だ。ある程度の期間の基本的な取引記録を見ると、価格変動が特定の地域での売上にどう影響するかを知ることができる。より粒度の細かい顧客情報を得られれば、特定の年齢層や年収グループに及ぼす影響を評価することもできる。会社の収益目標を達成するために価格の最適化が必要であるとき、値上げしたせいで売上を落とさないようにするためには、データが大いに役立つのだ。

 ゆくゆくは、買いたいものを顧客が自覚するより先に企業側が察知し、注文が入る前に必要な商品を顧客が満足できる価格で販売・発送するレベルにたどり着くのだろう。そんな馬鹿な、と思うかもしれないが、実はすでに実現間近だ。Amazonは、まさにこれを行う「予測出荷」技術の特許を取得している。

 人間を理解する──動向を知るために、大勢のデータを幅広く追跡、計測し、収集する──ことこそが、Google、Amazon、Facebook(現Meta)などの大手テック企業が世界最大手となり、桁外れの影響力を持つ存在になった所以だ。

 仕事や遊び、コミュニケーションの場がオンラインに移行するとはつまり、貴重な個人情報の源となりうる「デジタルフットプリント(足跡)」をひとりひとりが残すことである。それを理解した大手テック企業が、これまで世界を征服してきた。そして、フットプリントが残る「サンドボックス(砂場)」(検索エンジン、ソーシャルメディアネットワーキング、オンラインショッピングサイトなど)を所有するとはつまり、そのデータを他社に売って収益化できるということだ。そのデータを購入して事業に活かしてきたのが、ユーザデータを核とする有名サービスを創出したNetflix、Uber、Airbnbなどである。

 マーケターにとって顧客データは大きな値打ちを持つ。「自社の顧客は誰か」、「顧客はどこにいるか」、「顧客は何を欲しがっているか」などといった基本的な質問の答えを得るのに役立つからだ。

 大手テック企業のサービスを使うと、どんな企業であっても、自社の製品・サービスに寄せられる関心度を予測したうえで、顧客のセグメント化とターゲット層決定に取り組むことができる。GoogleやFacebookの広告アカウントは誰でもすぐに作成でき、AIを使用したマーケティングアルゴリズムの恩恵を受けられる。だが、落とし穴もある。こうしたターゲティング広告プラットフォームは、未知の顧客セグメントがどこにあるかは教えてくれるものの、どの顧客セグメントがあなたの事業に適しているかは(すぐには)割り出せない。

 たとえば、あなたが電動スクーターを販売するとして、「いちばん購入が見込まれる層は旅行や機械に興味を持つ16~45歳の男性」だと思っているなら、その層の目につくところに真っ向から広告を打てば良い。しかし、そもそも本当にそれがねらうべき顧客層なのだろうか。ほとんどの人は、知識と経験に基づいて、そこそこ的を射た推測を立てられるだろう。自社のことならわかっているし、顧客層だって普通は知っているじゃないか、と。だが、真の競争優位性を獲得するための顧客分析は、推測や「普通は」の先を見せてくれるのだ。

 メインのターゲット層の外側にたくさんの潜在顧客がいる可能性は高いし、ターゲット層の内側にだってほかよりも収益性の高いニッチな層がいるかもしれない。だから、「360度ビュー」というマーケティング用語があるのだ。ねらいは、顧客について可能な限りすべてを知ることであり、それはあて推量や仮定ではなくデータに基づいた情報でなければならない。必要なツールはもう世に出ているのだから、使うべきだろう。使わない道を選んだとしても、競争の激しい市場にいれば他社が必ず使い始める。

 顧客(または顧客になりそうな人々の)分析は、必ずしも販売や宣伝だけに使われるわけではない。新型コロナ禍では、感染状況を追跡して医療リソースを有効に使う計画を立てるために、患者と地域社会の徹底的な把握をしようと分析が行われている。活動レベル(外出や地域間の移動など)を測定してウイルスの広がりの予測に役立てたり、フィットネストラッカーやスマートフォンからデータを集めて年代などのグループごとに影響度を把握したりもしている。

 世界各国が取り入れた「トラック&トレース」プログラムには、人同士の接触を把握し、分析できる機能もある。こうした技術を展開しながら得られた数々の学びは、今後はビジネス界で企業主体の分析戦略に活かされることだろう。

 実はGoogleは、新型コロナが流行するずっと前に、患者が自己申告した症状のデータを使ってインフルエンザの流行予測をするサービスを開発している。これにより、地域の医療センターが地域社会に十分なサービスを提供でき、ワクチンや抗ウイルス薬の在庫切れがなくなる、という触れ込みだった。

 銀行・金融業界では、顧客データは、不正行為を発見・阻止するセキュリティアルゴリズムの材料として使われることが多い。悪質な行動を見抜く仕組みをつくるには、銀行や金融機関が、正常で不正のない行動とはどのようなものかを特定の時間と場所ごとに細かく描き出せるかが鍵となる。つまり、銀行と金融機関は通常の取引や活動のパターン(誰がどの時間帯にどのような商品・サービスにお金を支払うか)をまんべんなく理解しておく必要があるということだ。その理解を基に、基準値から離れたデータや異常値を、疑わしい動きを示唆する値としてさらに正確に検出できるようになる。

Netflixの顧客分析

 Netflixもまた、顧客データを収集し活用する能力を基盤に会社を成長させ、すばらしい業績を残している成功事例だ。登録会員数は2億人超。ユーザが見たいものを見ることができ、隠された退会ボタンを探す気にならない環境を、Netflixはつくり上げてきた。

 2億人分の顧客データを持つとは、世界中のオーディエンスの映画とテレビの視聴習慣を把握できる、極めて稀な立場にあることを意味する。Netflixは少し前に、ユーザが視聴を途中でやめたホラー映画のデータを基に、結末まで見られなかった人が多い恐い映画リストを作成した。これを「史上最恐の映画リスト」と銘を打って売り出し、Netflixにとって理想的なユーザとなる可能性の高い、筋金入りのホラー愛好家たちの目に留まらせた。

 さらに前の有名なデータ活用事例が、過去に評判の良かったテレビ番組のデータを使用して、「完璧なテレビ番組」をつくるというものだ。統計的にいうと、映画監督のデヴィッド・フィンチャー、俳優のケヴィン・スペイシー、刺激たっぷりで現実的な設定とストーリー、という組み合わせがヒット作となる可能性が高い。これを踏まえて制作されたのが、ドラマシリーズ『ハウス・オブ・カード 野望の階段』だ。

 新番組をつくる場合、通常はまずパイロットエピソードを制作するのだが、このプロジェクトには相当自信があったのだろう。2シーズン分となる26エピソードを一気につくり上げた。そしてこれはNetflix史上最大のヒット作となり、同社は何百万人もの新規ユーザをプラットフォームに引き込んだうえ、質の高いオリジナルコンテンツを制作できるというイメージを定着させることにも成功した。

 Netflixはこのやり方で、80%の確率で長期的にヒットする新シリーズをつくるモデルを構築した。業界平均は30~40%にとどまるため、かなりの好成績だ。

 新シリーズの制作以外にも、ユーザの好きな作品と嫌いな作品のデータを基に、次に見るべき番組や映画を勧めるというデータ活用方法も採用している。2019年に同社は、いまやユーザの視聴行為の80%がおすすめ機能をきっかけとしていると明かした──驚異的な効果だ。Netflix独自のアルゴリズムは、『ハウス・オブ・カード 野望の階段』のような「大ヒット作」だけではなく、ニッチなジャンルのファンの要求を満たす番組や作品の制作にも使用されている。

 最後にもうひとつNetflixのデータ活用事例を挙げよう。ユーザが次に視聴するコンテンツ選びにかける時間は平均1分~1分半で、1分半を過ぎるとプラットフォームから注意が逸れることがデータからわかった。よって、ユーザが魅力を感じるコンテンツを10~20個並べておくことが重要だ。そこで、サムネイルやティーザー用にコンテンツからシーンを切り取る際に機械学習を使用することで、ユーザの「イッキ見」を促すことにした。

 現時点ではどのユーザにも同じサムネイルが表示されるが、将来オーディエンス層ごとに異なるシーンが表示されるかもしれない。たとえば、『スクリーム』のようなホラーコメディ映画の場合、普段からコメディをよく見るユーザには面白いシーンを、ホラーをよく見るユーザにはおそろしいシーンを表示できるかもしれない。というわけで、次の話題である「顧客分析のパーソナライズのリアルタイム化」に移ろう。

マイクロモーメントを捉えてリアルタイムにサービスを提供する

 データの多様さが重要だと語ってきたが、スピードも大切である。昨日のデータから昨日の状態を知り、そこから今日何が売れるかを推測できるが、今日のデータがあればなお良い。いまこの瞬間の状態を知ることができるからだ。

 Walmartが、数百店舗から集めた何ペタバイトものデータを日次処理する最新のデータ分析プラットフォームを発表したとき、意思決定に利用する価値があるのはせいぜい過去2、3週間分のデータまでだとした。それよりも古いデータは鮮度に欠けるうえ、そこから得られる機会はすでに過ぎ去ったものだからだ。

 現代の最先端の顧客分析プログラムは、リアルタイムで、つまり発生と同時に分析結果を出すことを目指している。ねらいは、顧客がある製品・サービスを必要とするまさにその瞬間に──そうはいかなくても、購入意思が生まれてからできるだけすぐに──その製品・サービスを目の前に差し出せるようにすることだ。マーケターは「マイクロモーメント」(顧客ごとに異なるほんの数秒間の販売機会)を捉える、といういい方をする。

 たとえば、旅行者が空港に到着し、ホテルやタクシー、何か食べるものを必要としたそのときに、マイクロモーメントが生まれる。企業にとっては、その人が必要とするものをすばやく便利に提供する好機だ。到着ラウンジでうちの広告を見てくれたら良いなと願って終わりではなく、いまは旅行者の携帯電話に通知を送ったり、旅行者が家族や友人に到着を知らせようとFacebookにログインしたところに広告を表示したりして、企業側からアプローチできる。これも最新テクノロジーがあってこそだが、技術基盤の整備と、事業目標に沿った分析戦略の策定も欠かすことができない。

 自社が何を達成したいか、どんなリソースを保持しているかによって、基盤を整えるためにさまざまな方法をとることができる。大手多国籍企業で資金に余裕があるなら、顧客が購入した瞬間、または販売機会が失われた瞬間を起点として顧客を追跡できるよう、専用アプリと独自の分析基盤を開発すると良いかもしれない。予算にあまり余裕がないなら、複数のサードパーティアプリやショッピングサイトにまたがる販促活動を行って、顧客が必要なサービスを見つけたり利用したりしやすいよう整えると良いだろう。

世界標準のデータ戦略完全ガイド

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世界標準のデータ戦略完全ガイド
データセンスを磨く事例から、データの種類と仕組み、戦略策定のステップまで

著者:バーナード・マー
翻訳:山本真麻
発売日:2022年8月30日(火)
定価:2,420円(本体2,200円+税10%)

本書について

データ収集や活用のためのサービスが数えきれないほどある今、どんな企業でも世界レベルのデータ戦略が実現可能になっています。一気に世界レベルに駆け上がりたいすべての企業に向けた一冊です。

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2022/09/06 07:00 https://markezine.jp/article/detail/39767

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