「今まで通り」が通用しない時代の到来
今回紹介する書籍は『2020年代の最重要マーケティングトピックを1冊にまとめてみた』。著者は淑徳大学経営学部教授の雨宮寛二氏です。
雨宮氏は、日本電信電話(現NTT)などを経て現職。イノベーションやICTビジネスの研究を専門とし、単著に『ITビジネスの競争戦略』『サブスクリプション』(以上、KADOKAWA)などがあります。
本書では「アジャイル」「パーパス・ブランディング」「レジリエンス」「イノベーション」という4つのキーワードに沿って、16社の経営およびマーケティング戦略を紹介。ソニー、Google、スターバックスなど錚々たる企業を取り上げています。
本書の冒頭で「世界を取り巻く事業環境は混沌を極めつつある」と述べる雨宮氏。コロナ禍に加え、昨今は経済大国同士の貿易摩擦を背景に物価が高騰するなど、市場環境は刻々と変化しています。こうした“変数”の多い環境下でもマーケターが引き続き成果を上げるにはどうしたら良いのでしょうか。
戦略の解像度を上げる4つの切り口
雨宮氏は「変革に成功した企業の事例から学ぶべき」と語ります。「変革」という言葉からもわかる通り、本書で取り上げているのはGoogleやAppleなどイノベーティブな外資系企業の事例ばかりではありません。木村屋やスバルなど、歴史ある日本企業の事例も登場します。
事業環境の変化にしっかりと対応して、創業から四半世紀を超える企業はともかく半世紀以上を超える企業でも、自社の中核事業での成功体験やコア・コンピタンスというコンテクスト(文脈)に縛られることなく、持続的な競争優位を築き上げる経営を実現しているというのもまた事実です(P.3)
つまり、企業規模や社歴を問わず、優れた「戦略」や「思考」を持つことこそが今世の複雑性をマネジメントするにあたって必要だというのです。そして、戦略や思考の解像度を上げるための切り口として、章のタイトルにもなっている「アジャイル」「パーパス・ブランディング」「レジリエンス」「イノベーション」の4つを雨宮氏は提示しています。
ワクチン開発の背景にあったヒューリスティックな思考
4つのキーワードのうち、第1章で取り上げられているファイザーの事例を紹介します。
ファイザーは1849年に創業した米国の製薬会社です。2019年12月、中国・武漢でコロナウイルスが発生したわずか3ヵ月後には、同社CEOのアルバート・ブーラ氏がワクチン開発を決定。2020年にはドイツのビオンテックと共同でコロナウイルスのワクチンを開発しました。
この意思決定について雨宮氏は「周囲にある情報を精査することができず、わずかな情報だけを拠り所として即座に行われたことから『ヒューリスティック(heuristic:発見的手法)な意思決定』だと捉えることができる」と評価します。つまり、正解に近い答えを直感的に導く思考法を実践しているというのです。
「一般的に人は『思考や判断の偏り(認知バイアス)』と『情報変数が将来の予測にどれだけ使えないか(ヴァライアンス)』という2つの判断軸に基づいて物事を判断する」と雨宮氏。平時であれば、周辺情報を精査して慎重に判断した方が正解に近づく可能性は高まるでしょう。しかし、不確実性の高い環境下では「過去には奏功したが将来の予測には使えない情報変数」が脳内に無数に紛れ込むため、時間を掛ければ掛けるほど逆に誤る確率が高くなってしまうとのことです。
しかし、ヒューリスティックな意思決定であれば、脳内に取り込まれる情報変数が少ない分だけ認知バイアスは増えるものの、実際の予測に使えない変数が脳内に入り込む余地も少なくなるので、ヴァライアンスを下げることが可能となり、全体として予測を誤る確率を低く抑えることができます(P.29)
ファイザーでは、ワクチン開発の過程におけるすべてのルールを簡略化したそうです。つまり、ブーラ氏の思考のみならずルールもシンプルにすることで、組織全体のヴァライアンスを低下させたのです。本来の業務プロセスを環境の変化に合わせて適宜変えていく。「このアジャイル型のプロダクトマネジメントにこそ、ファイザーが短期間のうちにワクチンを開発できた理由がある」と雨宮氏は分析しています。
「パーパス・ブランディング」の章ではソニーやオムロン、「レジリエンス」の章ではリクルートやサントリー、そして「イノベーション」の章ではMicrosoftやAmazonなど、古今東西の有名企業の戦略を本書では紹介しています。自社と類似した企業事例もきっと見つかるはずです。成功事例から、時代の変化にも柔軟に対応できるマーケティング思考を学びたい方は、ぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか?