そのまま言語化してもクリエイティブにはならない
田部:ここからは、クリエイティブの話をうかがわせてください。「マーケティングとクリエイティブを分業せずにやってしまおう」という鹿毛さんのスタイルは、新しいと同時に大変合理的だとも感じます。なぜなら、両方をやることによってコアメッセージとアウトプットのずれを解消できるからです。

田部:一方で、顧客の心を理解してからいざ「クリエイティブで表現しよう」となった際に、やはりどうしてもジャンプは発生してしまうと思うんです。この距離の問題を鹿毛さんはどうクリアしていらっしゃいますか。
鹿毛:たとえばある女性が合コンで「優しくて収入が平均以上の男性」との出会いを望んでいるとします。そこで男性が「僕は優しくてお金持ちです」と言っても嫌われますよね。広告も同じで、見つけたものをそのまま言語化することはクリエイティブとは言えません。
では、尺が短いテレビCMで「優しくてお金持ち」を表現するためにはどうすれば良いか。たとえば高級時計をはめた男性の手元を映し、サラダを取り分けて女性に渡すシーンで表現することはできますよね。そんな要素をたくさんちりばめて、15秒で何かを匂わそうとするのがクリエイティブです。
広告主がここを理解するかどうかで、広告コミュニケーションは大きく違ってきます。私がプロモーションを担当した「ほけんの窓口」の例をご紹介しましょう。保険の契約手続きは多くの人にとって面倒なもの。利用者の心の壁を取り除くために、ほけんの窓口を「契約するところ」から「保険の勉強ができるところ」に変えたのです。
いわゆるポジショニングを変えてCMを制作・放映したところ、前年比130%の来店を促すことができました。偉いのは新しいコンセプトを考案してクリエイティブを作った私ではありません。ポジショニング変換の重要性を理解し、事業の方向性をピボットした経営者がすごいのです。
消費者の脳内で競合環境は常に変わっている
田部:ポジショニングの話が出たところでお聞きします。鹿毛さんは「競合」をどう捉えていらっしゃいますか。
鹿毛:そもそも、ビジネスの競合とコミュニケーションの競合は全く違います。どういうことかと言うと、シャンプーのビジネス競合は他の消費財メーカーですが、テレビCMの競合となると大手自動車メーカーや飲料メーカーになります。人々の頭の中へ大胆にお邪魔するのがテレビCMであり、印象に残るかどうかが競合との勝負を分けるのです。
しかし、場所をドラッグストアに移すとまた競合は変わります。まず、テレビCMで競合だった自動車メーカーは、消費者の頭から一旦消えますよね。かわりに店内では化粧品や食品のメーカーが競合となります。消費者がシャンプーの棚の前に来て初めて、他の消費財メーカーが競合になるのです。
田部:面白いですね。消費者の脳の中で常に競合環境は変わっているから、競合は1業種に限らないと。大事なのは「脳内で自社の商品をどれだけ思い出してもらえるか」なんですね。
鹿毛:テレビCMでモノが売れるとか、そんな単純な話ではないわけです。もちろん影響力は大きいですが、それでもできることは限られています。最後に1つ田部さんにお聞きしたいのですが、BtoBとBtoCでテレビCMの作り方は違うものですか。
田部:違う部分も多いですが、本質的には一緒だと思います。BtoBの場合は対象が「問い合わせる人」か「決裁する人」かによって異なります。一方、BtoCでも私が経験した結婚式場の場合は、新婦が決めてご両親が支払うこともありますし、子供用品の場合も商品を実際に使う人と決裁する人は異なりますよね。ただ、支払われるのが「会社のお金」か「個人のお金」か、という違いは大きいと思います。とはいえ、意思決定をするのは結局人間です。鹿毛さんのおっしゃる通り、人間理解をすることから全てが始まるのはBtoBでも同じだと感じます。
煩悩で言うと、ビジネスパーソンが抱える煩悩のひとつは「出世欲」なので、その点はBtoB企業ならではの訴求ポイントかもしれません。テレビCMで「このシステムを導入するとコストカットができて、会社が良くなります」とアピールしてもビジネスパーソンの煩悩には刺さりにくいので、「推進する担当者の方の実績につながる」という訴求にしたほうが刺さりやすいと思います。BtoCもBtoBも、突き詰めれば対象は人間。本質的には一緒ですね。対象となる人の欲求を正しく見つけて、その商品が「欲求を満たせるものである」ということをどのように伝えるのか。そこに尽きると思います。

 
                    
                     
                    
                     
                    
                     
                    
                     
                    
                     
                    
                     
                                
                                 
                                
                                 
                                
                                 
                                
                                 
                                
                                 
                                
                                 
                                
                                 
                                
                                 
                                
                                 
                                
                                 
                                
                                 
                                
                                 
                                
                                 
                                
                                 
                                    
                                     
                                    
                                     
                                    
                                     
                                    
                                     
                                    
                                     
                                    
                                     
                                
                                 
                                
                                 
              
            