AI活用が企業の競争力、市場での優位性を左右する時代に
はじめに、永野氏はAI活用が企業の競争力にどういった影響を及ぼすのか、今世界で起きているトレンドについて紹介した。2020年から2021年にかけて企業のAI導入率は世界全体で6ポイント伸び、特に発展途上国では+12ポイントと大幅な伸びを見せている。先進国だけでなく、世界のあらゆる地域でAI活用が加速している状況だ。この背景には、2021年だけでも約12兆円の資金がAI関連企業に流れ込んでおり、AIの活用環境が国や地域を越えて広がっていることがある。
AI活用による企業の競争力向上を見てみると、AIを高度に活用している企業とそうでない企業では、5年間の売上収益が2倍超、株主総利回りが2.5倍の開きが出ている。業務効率化のためだけでなく、インサイトの発見や新たな事業創出など売上向上に繋がるような活動にも今後AIが活発に用いられることは容易に想像できる。高度なAI活用は、市場での競争優位性をさらに伸ばしていくだろう。
実際、AIを活用している企業へのインタビュー結果によると「AI活用が収益増加につながった」と答えた企業の割合は67%、「コスト削減につながった」と回答した企業は79%に上っている。
クリエイティブ領域での活用も。AI進化の歴史
ここで、AIが遂げてきた進化の流れを大まかに振り返ってみよう。
2000年代に入るまで続いたマシンラーニングの時代では、人間が抽出した特徴量を使ってモデルを作成し、レコメンドコンテンツの自動表示などに活用されてきた。2000年代以降はディープラーニングに進化し、生のデータから機械が特徴量を抽出してモデルを作成することが可能に。さらに2018年になると、大量で多様なデータを学習し、様々なタスクに適用できる基盤モデルが誕生。これにより、それまでは検知や予測系での活用がメインだったAIの、高度な生成系タスク=クリエイティブ領域での活用可能性が広がった。
そして2022年、会話形式で何を聞いてもそれらしく答えてくれるChatGPTが登場した。ニュースやSNSでその活用ぶりを目にする機会は多々あろう。たとえば、児童向けの書籍を4時間で生成して販売まで行うなど、コンテンツ作成の常識を覆すようなことが起きている。
「これまで人間が担ってきた複雑な業務である会話、画像生成、プログラムのコード生成だけでなく、小説や歌詞の執筆や動画の生成など“クリエイティブ”な領域においても、AIは人間と同等以上の品質での生成力を持つようになっています」(永野氏)
基盤モデルはこれまで研究者やエンジニアしか使うことができない専門的な技術だったが、ChatGPTは誰でもすぐに使えるUI/UXで提供されている。このように基盤モデルを活用したプロダクトが多数現れており、我々の身近なところでも色々な場面で変革が起きてくると予想される。
日本語に特化したAI基盤モデル「HyperCLOVA」とは
前述の通り、現在AIのパラダイムシフトの中心にあるのは、様々な用途に活用可能な基盤モデル。そして、今回LINEがNAVERと共同開発した「HyperCLOVA」も大規模言語の基盤モデルである。
永野氏は、このHyperCLOVAを“日本語を最もよく理解するAI”と紹介する。
日本語は世界的に見ても難しい言語であり、米国国務省が公表する取得難易度ランキングでは最高難易度とされている。日常生活に必要な語彙数も英語は3,000語なのに対し、日本語は2倍以上の8,000語となっており、文字の種類も多い。日本語をよく理解し、自然で豊かな基盤モデルを開発するには、高品質かつ多様な大量の学習用データと、自然言語処理やAI技術に精通したエンジニアが必要になるのだ。その点、HyperCLOVAの開発にあたって用いられた学習データは、新聞にたとえると、約2,700年分もの膨大な日本語データである。
HyperCLOVAの用途は様々に考えられるが、たとえばマーケティングでは次のような活用例がある。
1.広告文/キャッチコピー生成
2.メール文言/SNS文言/LP文言の生成
3.カスタマーセンターでの問い合わせ要約/FAQ自動検索/自動応答分析
どれがAI生成で、どれが人間が作ったものかわからない?
LINE広告を利用する企業へのアンケートで、広告担当者がクリエイティブ考案において困っているのは、レイアウトの配置やビジュアル素材の充足よりも「キャッチコピー制作」の部分であることがわかっている。そこでLINEは、HyperCLOVAのキャッチコピー制作における活用可能性を検証。まずは、HyperCLOVAを活用することで広告コピーの制作時間がどれだけ短縮されるかを検証したところ、人間が作成する時間に対して30分の1から80分の1へ大幅な時間短縮が確認できた。
また、Yahoo! Japanとの実証実験では商品キャッチコピーの制作における活用可能性を実験。Yahoo! Japanトップページに掲載される、ヤフーショッピングの誘導枠で6種の商品のキャッチコピーを生成し、品質評価と配信評価を行った。
下図は、実証実験で用いたノートPCスタンドの商品キャッチコピーである。どれを人間が作成し、どれをHyperCLOVAが作成したか、見分けられるだろうか?
正解は、真ん中の「作業環境に合わせて選ぶノートPCスタンド」だけが人間が作ったコピー。他はすべてHyperCLOVAが制作したものだ。「私もこれを見た時は、見分けがつきませんでした」と永野氏は話す。
品質は、文法や表記の正しさ、煽りや誇大表現を含まないなど、7つの観点にて評価。そのうち5つにて高評価を獲得し、制作意図に見合う自然な表現のコピーであるとの結果が出た。ABテストでの配信評価でも、人間作成のコピーよりHyperCLOVA生成のコピーのほうがCTRが平均110%向上し、最大139%の向上も見られたそうだ。
「このように、HyperCLOVAでは自然な表現のコピーが生成でき、業務の効率化や、実運用で効果を出せる可能性が十分にあります」(永野氏)
広告運用の効率化に向けて、様々な活用が可能
改めて、広告運用における一般的なフローは、次のような流れが多い。
1.ヒアリングし、課題と目的を明確化する
2.調査を行い、戦略を立案する
3.ターゲットおよび広告媒体を選定する
4.ターゲットや訴求軸に沿った広告コピー、クリエイティブを考案する
5.配信する
6.配信実績を分析し、レポートを作成する
7.必要に応じて改善アクションを行う
上記のフローにおける課題を広告代理店にインタビューすると、以下のような声が寄せられた。
・訴求軸調査やキーワード探索に時間がかかる
・一人の担当者が一つの商材やクライアントを担当しており、新しいアイデアの考案に苦労する
・経験に頼り、過去の勝ち筋であるキーワードを使い回している
・新しいターゲットに刺さるキーワード探索に手が回らない
・改善するにも実績に基づいた改善策の検討に時間がかかる
これらはいずれも構造的な課題であるが、HyperCLOVAを使うことで改善を試みることができる。たとえば、HyperCLOVAを用いてLPなどからキーワードを自動抽出することで、調査にかかる時間を短縮したり。商品カテゴリ/配信媒体/いくつかのキーワード/訴求軸/ターゲットなどをHyperCLOVAにインプットし、各要素に合わせたコピー案を自動で複数生成することで、コピー/クリエイティブの考案を効率化・多様化したり。さらに今後は、HyperCLOVAに蓄積したデータを基に広告効果を予測する機能の提供も予定しているという。
「基盤モデルを実際のビジネスシーンで利用するには、いくつか課題がありました。ベースの基盤モデルでは、事実と異なる内容や不適切な内容を生成する可能性があり、個別の業種や業務の表現や知識に対応できない可能性があったのです。コスト面での改善も必要でした。しかしLINEでは、ベースの基盤モデルを様々なシーンに合わせてチューニングしたりフィルタリングしたりすることで、ビジネスでの活用に最適化する方法を研究してきました」(永野氏)
HyperCLOVAで調査から考案、改善までを幅広くこなすことで、業務効率改善や工数削減になる。そして広告のコンセプトや訴求軸の策定、戦略立案やクリエイティブ制作など、人間の洞察力が必要かつ時間をかけて取り組むべき領域に時間を充てられる。
AIは「人間の仕事を奪うのでは」と話題になることも多い。しかしツールを使うのは人間。人間が本来の力を発揮すべき、よりクリエイティブな部分に注力する時間を作るためにツールを活用するのである。今回は広告文・キャッチコピー生成についての話題だったが、マーケティングの各フェーズで活用できるプロダクトも準備中とのこと。今後の情報にも期待したい。