幅広い業種のケースを取り上げ、活かし方を再検討
はじめに登壇者3名が『ブランド戦略ケースブック2.0―13の成功ストーリー』について、その内容を紹介。まず同書の位置付けについて、編著者である田中氏は「2021年版『ブランド戦略ケースブック』の好評価をふまえ、より現代的なブランド戦略の在り方を明らかにする」ものだと述べた。
同書の構成は理論編とケース編の2部から成っており、田中氏は3つの特徴を説明した。まず1つ目は、バラエティーに富んだ業界・業種を捉えている点だ。オンラインサービスから食品、自動車、BtoBと、パッケージ商品にとどまらず様々な業界のケースを取り上げている。
2つ目の特徴は、コミュニケーション戦略の側面だけでなく経営全般から見たブランド戦略を扱っている点である。経営・マーケティング・コミュニケーションの3つの戦略から総合的にブランド戦略を紐解いている点が特筆される。
そして3つ目は、ケースブックそのものの在り方を批判的に検討している点が挙げられた。当然ながら、ケースを読むだけでは学べたとは言えない。同書で田中氏は、過去事例の真似に終わらないためのケースブックの活かし方を再考している。
「エアウィーヴ」を例にケースを読む視点を解説
次に同書内の2ケースの執筆を担当した八塩氏が、ケースを読む際の視点として「再現性の高さ」「市場のコンテクスト」の2つを見極める必要があると説明。一例として寝具メーカー「エアウィーヴ」のケースを取り上げ、解説した。
同社はブランドがほとんど存在していなかった寝具業界にマットレスパッドで参入し、エアウィーヴというブランドを確立。ローンチから14年間で180億円の売り上げを誇る総合寝具メーカーに成長した。同社の成功ケースについて八塩氏は、マーケティング的に解釈すると「ターゲット層の変更」「技術の転用」「ポジショニングの転換」の3つがカギになると解説した。
まず技術の転用について、同社は元々釣り糸を作るBtoB企業だったが、現社長を務める高岡氏が事業継承をした後ターゲット層も変更し、BtoC市場へ拡大。釣り糸や漁網を作る技術を転用してできたクッション材を活用し、高反発を特徴とするマットレスパッドという製品へとポジショニングを転換している。
高岡氏は早期にブランド構築に着手し、エアウィーヴがローンチした1年後の2008年にはブランドミッション「The Quality Sleep」を制定。まず消費者にとって、「1週間寝なくても価値がわかるようなブランド」を作るための施策を進めた。
「睡眠の質という新しい価値の認知・ニーズを獲得することに成功した背景には、エビデンスの確立とブランドのストーリー作りという二つの非常に優れた要素があったことが、このケースの特徴として挙げられます」(八塩氏)
ブランドストーリー作りについては、フィギュアスケートの浅田真央氏をはじめとしたアスリートを起用し、高級ホテルや飛行機のファーストクラスにも同商品を採用。「エアウィーヴは一流」というブランドイメージを消費者の心の中に築き上げた。2012年にはロンドンオリンピックの日本選手団の強化用品に採用され、翌年JOCとオフィシャルパートナー契約を締結し、順調に売り上げも伸長した。
続いてエビデンスの確立としては、IMGアカデミーの寮に同商品を寄贈しスタンフォード大学と共同で実験。エアウィーヴは「眠りの質」を向上させることを様々なエビデンスで示し、効果を実証した。加えて、カバーを外せて丸洗いもできるなどの点が衛生面に気を遣うニューノーマルな生活の追い風を受け、ブランドはさらなる成長を見せている。
八塩氏は、この事例をもとにマーケティングの成功は「サイエンス」と「アート」でまとめられると指摘。サイエンスとは再現性が高いものを指し、エアウィーヴの事例では技術の転用やブルーオーシャンからの参入、STP変更、エビデンスとストーリーによるブランド構築などが当てはまる。
一方アートは、センスなどの再現性が低い要素だ。エアウィーヴの事例では、睡眠の質に注目され健康志向かつニューノーマルな生活スタイルが市場のコンテクストとして存在したことがあてはまるだろう。
「ケースに対して、自社・商品のマーケティングを適用・比較をすることによって、相対的な位置を把握することができます。それが、ケースブックの使い方の一つの例だと思います」(八塩氏)