流通の進化に合わせ、メーカーも変化
小売・流通の進化に合わせ、当然メーカーも変化しなければならない。ポイントは「流通にデータが集約される」という点だ。
マーケティング的な観点でいえば、これまではメーカーの「売り手優位」という立場があった。それがデータの集約により、逆転の現象が起きている。かつては「高級品」ということが大きな付加価値であったが、現在は各自が自分のニーズに合ったものを選ぶ時代で、その行動を把握するには流通に集まるデータが鍵となる。

このように、高級品を頂点とするマスマーケットの構造が崩れている現在、メーカーもこれまでのようなマス広告重視の戦略は成り立たなくなる。ナイキのように自社直販に切り替え、グローバルパートナーとのバリューチェーンを構築して買い手とのコミュニケーションを密にするD2Cへの転換や、サブスクリプションサービスに乗り出すメーカーも現れてきた。
ビジネスモデルを変化させるという方向とともに、流通業界とのデータ共有による効率化を目指すメーカーもある。田中氏によると、情報共有による配送の効率化はもちろん、トラックや倉庫のシェアリングによるコストの効率化など、それだけで大きな一大産業になるような動きが出ているという。
リテールDX推進のために
こうした動きを加速し、リテール業界全体のDXを実現するにはどうすれば良いのだろうか。
田中氏は「前提として、業界全体で共有できるものは共有して無駄を排除すること、そのうえで新たな競争を展開することが重要」とし、流通DXに必要な要素の3つを提示した。
1つがデータ活用環境の整備だ。データ活用といってもAI導入を意味するのではなく、「自分たちの課題を整理して、その課題に必要なテクノロジーを活用していくことがポイントです」と田中氏は語った。
次に挙げたのが顧客接点の整備だ。現在は店舗だけでなくWebサイトやアプリ、SNS、デジタル広告/チラシ広告など様々な接点がある。これらすべてを活用すべき顧客接点と捉え、購入前の「ビフォアポス(商品陳列の他サイネージやアプリでの情報提供などを含めた店舗内顧客接点)」、購入後の「アフターポス(商品利用の状況やレビューなど)」を含めて顧客接点の再整備とその連携に取り組むことが望ましい。
最後に挙げるのは人材の確保・活用だ。これは最も難題で、どの業界もIT人材の確保が大きな課題となっている。そこで田中氏が提案するのが自社内の若手社員の育成だ。
「やはり業界や自社のことを熟知している人材のほうがデジタル化プロジェクトはうまくいきます。若手人材はITに対する苦手意識はそれほど高くないので、継続して教育を続けることで有用なデジタル人材へと育てることは可能だと考えます」(田中氏)
もちろん、人材育成も容易ではない。場合によっては人事制度や組織構造にまで手を入れる必要がある。
それでも田中氏がデジタル化を提唱するのは、「今取り組まないと取り返しがつかないことになる」と考えているからだ。田中氏はこの目の前に迫る危機と、それに対する対応策を語り講演を終えた。
「リテールテックを月旅行に例えると、現在はゴールの大枠が見えて、そこに到達するための技術もそろっている状態です。しかし、ロケットを飛ばして月に到達した企業はいないのが現状です。もしも誰かが本当に月に到達してしまったならば、もう到達した企業にすがるしかないような状況が訪れるかもしれません。そうなる前に、今こそ業界で結集して議論や実証実験を深めていきましょう」(田中氏)