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売上8割減からの復活劇 文房具の「伊東屋」に学ぶ、オリジナル商品×ECのWeb戦略

 銀座に本社店舗を有する文房具店の伊東屋は、1904年の創業当時から世界の文房具を扱い、クリエイティブでチャレンジングな姿勢を示す小売の代表格だ。2020年のコロナ禍では80%の売り上げ減を体験するも「ECとオリジナル商品への注力」という大きな戦略転換によって復活。一時供給が間に合わなくなったほどの成功を収めている。3月に開催したMarkeZine Day 2023 Springでは、伊東屋のECシステム構築でサポートするインターファクトリー・兼井氏が聞き手となり、戦略転換を率いた松井氏からその詳細を聞いた。

クリエイティブなとき・空間の提供を目指す「伊東屋」

登壇者写真
(左から)株式会社伊東屋 常務取締役 松井 幹雄氏
株式会社インターファクトリー 取締役COO 兼井 聡氏

 最初に、伊東屋で常務取締役を務める松井幹雄氏から、「伊東屋らしさ」を生むミッション、バリュー、ビジョンが紹介された。

 「伊東屋のミッションは『クリエイティブなときをより美しく心地良くする』です。『クリエイティブなとき』とは、前向きな気持ちで仕事を生み出す、すべての時間だと思っています。その時間を支えるものとして、美しくかつ機能する文房具を提供するのが私たちのミッションです」(松井氏)

 ミッションにおいて大切にすべき価値観は「新しいコトや物の発見」「人との関係を大切にする」こと。そして、松井氏が「伊東屋の好きなところとして挙げる社員が多い」と話す「ずっと使い続ける」ことだ。伊東屋では使い捨てのペンは提供しておらず、芯やインクを交換すれば使い続けられるもののみを扱う。デザインについても、奇抜や流行ものは、ずっと使い続けられないため避けている。

 「ずっと使い続けられるスタンダードな商品を作ること、提供することも、重要な価値観と思っています」(松井氏)

 この価値を追求した先のビジョンとして、毎日来ても心地良く笑顔になれて、新たなインスピレーションを得られる場所を目指している。特に松井氏は「インスピレーション」が重要なキーワードであり、「そのために様々なものを見つけられる良い空間を作る、様々なことがインスピレーションにつながるように作られています」と加えた。

伊東屋のミッション・バリュー・ビジョン

「買う店舗から、過ごす店舗へ」とリニューアルを実行

 そんな伊東屋は、2015年に「買う店舗から、過ごす店舗へ」と新たなコンセプトを掲げて銀座本店のリニューアルを行い、各所で大きな話題となった。

 それ以前は15万近くあった品揃えを大幅に減らしたことで、当初は従来のファンから「何でもそろう伊東屋じゃなくなった」点への不満の声も出てきたという。ただ中には「精査されたものが置かれ、ただぶらぶら見ているだけでも楽しい、つい買い物してしまう」といった声があった。最初は理解されなかったが、これこそがリニューアルで意図したことだという。

 松井氏はリニューアルには変える部分と変えない部分の2つがあるとし、変える部分として、従来イメージの豊富な品揃えから脱却することを決めた。その理由は大手EコマースのAmazonだ。当時、伊東屋が有する商品のSKU(商品の色違いも含めた種類)は15万点、対してAmazonの文房具の数は130万だった。松井氏は「もし商品数を競うならビルがいくつも必要になってしまう……それは現実的ではありません。そのため、勝負所はここではないと決めたのです」と説明した。

 それに対して変えない部分、従来イメージから継続する点は「センスが良く、品質も高い商品」「文具に対する豊富な知識を裏打ちとした接客」だ。

 リニューアルのポイントを定めた後、コンセプトは「買う店舗から過ごす店舗」と決定。これにはクリエイティブに働く人のサポート、顧客個々人に場所や心地良い空間の提供という意味合いも含まれる。このコンセプトを具現化するため、松井氏はビル内に新たなコンテンツを用意、展開した。

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「過ごす店舗」を目指すためのコンテンツ

 松井氏がまず挙げたコンテンツが「顧客それぞれが過ごす、過ごしやすい空間」だ。ビル内には自然を感じられる光と木の温もりを取り込み、そして音にも気を配った。実は伊東屋の各フロアでは、それぞれ異なったオリジナルの音が鳴っている。商品と顧客が主役という考えを基に店舗用の音を構築したという。

過ごしやすい空間

 こうした空間へのこだわりは、銀座店正面のウィンドウディスプレイにも施されている。こちらは季節や時期ごとに社内で自ら企画し展示する場所で、コロナ禍の2021年クリスマス時期には、逆境に負けずに突き進む象徴として不死鳥をディスプレイした。クリスマスだから赤と緑というお決まりのスタイルではなく、伊東屋スタッフがそのときの顧客への想いを込めて展示している。

 過ごすという意味では「働く場所の提供」も行っている。10階にビジネスラウンジ、貸会議室を用意した。「ワンフロア全部を使った贅沢な空間で、ぜひクリエイティブな会議を」とメッセージしている。

 良い仕事には良いものを体に入れるべきとの考えから、「働く人を体の中からサポート」する施設も用意。11階に野菜工場、12階にはレストランがある。

 大切な文房具売場は「働く道具の提供」として各フロアにテーマを設定し、それに沿った文房具を展示、販売している。たとえば2階のテーマは「Share」。グリーティングカードや便箋など、心をシェアできる文房具を用意している。

 最後に挙げたコンテンツは「楽しく過ごす」ための体験だ。2階にはポストがあり、便箋を選んで、思いを込めて手紙を書き、投函できる。そこにある商品からそのまま体験につなげられる場所だ。そのほか、伊東屋のコンセプトや商品をスタッフの紹介で体験できる「伊東屋ツアー」もある(現在は感染対策のため停止中)。

画像を説明するテキストなくても可

 銀座店舗はこれら5つのコンテンツによって、ものと出会えて、ものを楽しめ、ものが好きな仲間を作れるという、楽しく過ごせる場所になった。松井氏は、実店舗だからこそ五感を刺激する場でありたいと述べ「ここ以外では絶対提供できないぞ、というプライドを持って届けたい」と強調した。

コロナの大打撃から立ち直るための二つの戦略

 銀座店舗をリニューアルし、様々な評判の中、前進していた伊東屋だが、2020年コロナ禍の緊急事態宣言で大きな打撃を受ける。店舗の来店客数と売上が大幅に減少。松井氏も「銀座から人がいなくなった、一時はゴーストタウンのようでした」と振り返る。逆に世間一般ではECの利用者が増えていった。一度経験すればその便利さから、実店舗に行く意欲はますます薄れる。

 こうした変化を受けて、銀座の老舗として存在していた店舗そのものが、伊東屋を知るためのメディアだったと松井氏は痛感する。そして、その危機感をバネに、松井氏と伊東屋は戦略を練り直し、攻勢に出る。

 松井氏は「答えはシンプルでした。ECとオリジナル商品の二つが戦略のキーです」と述べた。店舗の代わりに売上を支える場所として、以前から強化をしていたECにさらに力を注いだ。ECサイト構築ツールとしては、インターファクトリーが開発・提供するクラウドコマースプラットフォーム「ebisumart」を利用している。

 オリジナル商品は、ECで戦うための起爆剤だ。そもそもAmazonなどのプラットフォームの中には、同社が扱っている多数の文房具製品が同等に並んでいる。ならば伊東屋から買わなくても良いという考えは容易に想像がつく。だからこそのオリジナル商品だ。差別化により、新たなブランド価値を確立させるだけでなく、高い収益性も担保する。

二つの戦略

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ECとオリジナル商品で、マーケティングの変革を目指す

 ECは、それまで店舗と同じものが買える場所として用意していたが、伊東屋ブランドの世界を提供する構成に変更。トップページのイメージを大きく変えた。「それまでは高機能なチラシという感じ。変更後はブランドブックです」と松井氏はその変化を説明する。顧客接点としてはSNSを多用、Instagramを中心に自社チャネルのブランドイメージを統一して展開し、商品の魅力を伝えるアピールには広告出稿を積極的に行った。

トップのイメージ変更

 オリジナル商品は「シンプルなグッドデザインと遊び心」を大切にして開発を進めたという。商品展開では、伊東屋にとって非常に象徴的であるペンのジャンル、その中でも絶対当たるものからと人気ブランド「ロメオ」とのオリジナルコラボ商品を皮切りに開始した。

 「ペンは細くて小さいため、実はアピールが難しい。どう見せるかで勝負しました」(松井氏)

ロメオのSNS広告

 その結果、オリジナル商品展開は好調にスタート。それ以降も、ビジネスパーソンのグッズでありながら遊び心ある色合いが特徴的なCOLOR CHART、ペンメーカーLAMY社の代表的ブランド「safari」とのコラボ商品などを開発し、それぞれ人気を博している。さらに「システム手帳サロン」といった販促イベントも展開し、Webでのアピールを進めていった。

 こうした開発は一筋縄にいくわけではない。売場のスタッフからすると、オリジナル商品は話題を自分たちから作らなければいけないために扱いにくい面もあるのだという。そこで重要なのは社内コミュニケーションだ。

 「皆が一体感を持って、情報や苦労を共有することが大切です。弊社内には『意図えてが広がる』という思いを込めて作られた『いとでんわ』という社内メディアがあり、商品開発への様々な想いや意図を徹底して伝えました。また売場からのフィードバックも、毎週皆で集めて共有しました。フィードバックから商品開発につながったこともあります」(松井氏)

体験を軸に店舗とデジタルチャネルの役割を再定義

 これにより顧客とのコミュニケーション、体験の導線はどう変化したのか。従来は店舗で集客し、ECサイトの会員になってもらう流れだったが、今ではSNSで伊東屋の印象や価値を知り、ECサイトや実店舗にも来てもらうという流れに。利用後はメールマーケティングでリピートしてもらうというサイクルも構築した。デジタルチャネルは伊東屋ブランドの価値を訴求する場、店舗は伊東屋ブランドを徹底的に体験できる場と位置づけられた。

伊東屋のマーケティング戦略の概略図

 ebisumartの開発・企画に携わるインターファクトリーの兼井聡氏がECサイトベンダーに求めることについて尋ねると松井氏は「デジタル上で買う場所を提供すること」だとし、テレビ以上に身近になったスマートフォンでのSNSなどの利用と購買行動の関係について言及した。

 SNSではターゲティングが明確にできるメリットがあり、現在のECサイトの構築においてはSNSとのシームレスな連携が鍵となる。連携できれば購入データとその導線となったコンテンツの分析が可能だ。伊東屋ではデータに基づいたコンテンツのチューニングを実践している。

 セッション終盤、松井氏は「改めて伊東屋とは何か」という質問に答えた。

 「伊東屋はエンターテインメントです。どれだけおもしろいコンテンツで人を喜ばせることできるかを考えて、日々商売をさせていただいております。店舗は、舞台やコンサートのように、伊東屋に来店したお客様が、楽しく感動したり何かを発見したり心をゆさぶられてリフレッシュした気分になれる、そんな場所でありたいです」(松井氏)

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この記事の著者

森 英信(モリ ヒデノブ)

 就職情報誌やMac雑誌の編集業務、モバイルコンテンツ制作会社勤務を経て、2005年に編集プロダクション業務やWebシステム開発事業を展開する会社・アンジーを創業。編集プロダクション業務においては、IT・HR関連の事例取材に加え、英語での海外スタートアップ取材などを手がける。独自開発のAI文字起こし・翻訳ツールなど...

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

提供:株式会社インターファクトリー

【AD】本記事の内容は記事掲載開始時点のものです 企画・制作 株式会社翔泳社

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MarkeZine(マーケジン)
2023/05/30 10:00 https://markezine.jp/article/detail/41982