メディアビジネスの先細りに危機感を覚えていた
廣澤:最初に、笠松さんのご経歴と現在取り組まれているお仕事の概要について教えてください。
笠松:私は1986年に新卒で日本電気(NEC)に入社し、中近東のイラン担当として海外営業を6年ほど経験しました。その後、別業界の営業の仕事に携わりたいと博報堂に転職し、8年の営業経験を経て2001年に電通に転職しました。
電通で在籍したのは、メディアマーケティング局という部署です。この局では、これまで勘と気合と真心で取り組んできた、マスメディアの広告に関するアカウンタビリティを証明する取り組みを行ってきました。具体的には、メディアプランナーやリサーチャーのような仕事をしながらも、自ら企画書や資料を作ってプレゼンをするなど、ほぼ何でも屋をやっていました。
その後、電通とリクルートのジョイントベンチャーMedia Shakersの社長に就任し、R25の制作から広告営業まで行う新しいメディアビジネス事業の経営を担いました。元々電通に入社したのは、メディアビジネスが先細りしていく危機感があり、新たなメディアビジネスモデルを立ち上げたいと思っていたので、とても良い経験になりました。
その後、2010年7月にイグナイトを立ち上げて独立し、現在に至っています。
廣澤:メディアビジネスが先細りする危機感があったとのことですが、笠松さんが電通に入社された2001年頃はマスメディア全盛で、多くのメディアが今ほど危機を感じていなかったと想像しています。なぜ笠松さんはいち早く危機感に気づけたのでしょうか。
笠松:海外でセントラルメディアバイイングと呼ばれる手法が流行したことがきっかけです。この手法は、メディアの買い付けを1社の広告代理店に絞り、そこから競合見積もりをとることで、コストカットを図るものです。
海外では、セントラルメディアバイイングで削減したコストを、ブランドエージェンシーやマーケティング支援などに適正配分してきました。つまりマーケティングの総コストを下げると言う文脈よりも、適正配分しようという流れです。しかし、日本では単純にメディアのコストを安く抑えることができるという文脈でこの手法が出回ってしまったのです。結果、メディアの価格競争は避けられず、ただ単純に広告単価が下がる流れが起きていたのを見ていたので、今後のメディアビジネスがこのままだと先細りするのでは、と思っていました。
広告業界はスマートになりすぎた
廣澤:イグナイトを設立したのはなぜでしょうか。
笠松:先ほど、電通のメディアマーケティング局にいたとき、何でも屋としてあらゆる仕事を担当していたと話しました。このとき一方では、「広告代理店の仕事には無駄があるのでは?もっと効率よくプロデュースできるのでは?」とも思うようになりました。実際、クライアントの担当者の方と話していても「広告代理店って、一言も発言しない社員とかもいて効率が悪い」と言われることがあり、一人あらゆる領域に精通したプロデューサー的な社員がいたほうがいいと考えるようになりました。
そこで、マーケティングからディレクション、イベント、デジタルまであらゆる領域のプランニングに精通していた菊地英雄(現・イグナイトの取締役プロデューサー)と一緒に、イグナイトを立ち上げました。
廣澤:長きにわたり広告業界に携わる笠松さんですが、これまでの日本の広告業界を振り返り、大きく変化したと感じられるポイントはありますか。
笠松:日本の広告業界は、ゆっくりと地盤沈下するように衰退しているという印象です。海外では、先ほどのセントラルメディアバイイングが普及したときのように、基本的にマーケティングの総コストを下げずにその配分を変える考え方のほうが主流として浸透しています。そのため、クリエイティブディレクターのアイデアなど、付加価値が高いと認められるものにはしっかりと適正なお金を払います。
一方、日本ではフィー型のビジネスも徐々には入りつつはありますが、プランナーやマーケター、クリエイティブディレクターの仕事に対して正当な対価を払う文化はまだまだ浸透していないのが現状だと思います。結果として、単純にコストだけどんどん削減され、広告会社の筋肉量(仕組みや働き方)が年々落ちていっているという印象があります。
もちろん、広告会社には頭の良い優秀な人が毎年のように入ってきています。しかし、企業としての筋肉量が細くスマートになってしまい、これまでと同じようには広告会社がパワーを発揮できなくなっているのではないでしょうか?
廣澤:「広告はおもしろくなくなった」といった意見を広告・コミュニケーションに携わる方から聞いたことがありますが、その背景には笠松さんがご指摘されている点があるのかもしれませんね。
笠松:以前よりも考える筋肉の総量が減って、その結果、おもしろいコミュニケーションの総量も減り、賢く、リスクをとらず、効率の良いコミュニケーションを追い求めるようになっているのかもしれませんね。