変化への適応が生み出す質の高いマーケティング
2023年6月27日、HubSpot Japanは、HubSpotでCMOを務めるキップ・ボドナー氏をスピーカーに迎え、「マーケティングリーダーが今こそ持つべき視点」をテーマにトークイベントを開催した。聞き手はHubSpot Japanでシニアマーケティングディレクターを務める伊佐裕也氏。次世代のマーケティングを考える上で必要な戦略について解説した。
13年前に年商1,000万ドルだったHubSpotは、現在年商20億ドル超まで成長を遂げている。そんな同社の本拠地であるアメリカのマサチューセッツ州で、長年マーケティング現場の最前線にいる人物がボドナー氏だ。
まず、伊佐氏が世界のトレンドについて尋ねると、ボドナー氏は「経済」と「マーケティング」の両面から説明した。経済的な面では、世界全体のマクロ経済において鈍化の傾向が見られると分析する。
「多くの企業ではコスト削減や予算カットに踏み切っており、購入に対して慎重です。BtoB分野において従来は1~2人で行っていた購入の意思決定を、3~6人で段階を経て行うことが一般的になっています」(ボドナー氏)
また、マーケティングの面でも大きな変化が起こっていると述べ、二つの要因を挙げる。
一つは、昨今のデータプライバシー規制の高まり。マーケティングレポートの作成・分析の環境が変わり、各施策の有効性などを示すレポートの作成が難しくなった。
もう一つが、AI技術が成熟し、普及し始めたことだ。企業のマーケティングにおいてもウェブサイトのほか、メールやチャットの自動化といった活用で、素晴らしい成果をもたらしていると評価。情報の検索方法が現れており、今後はGoogle検索に代わり、ChatGPTなど主流になっていくだろうと予想している。
「(AI技術によって)必要な情報を検索し、入手する方法が世界的な規模で変貌しつつあります。マーケティング担当者や経営幹部には適応が求められます」(ボドナー氏)
効率化だけではない 顧客体験も向上させるAIの効果
では具体的に、マーケティング担当者は押し寄せるAI時代の波にどう対応していけば良いのか。ボドナー氏は二つの戦略を紹介する。
一つ目は、自社のマーケティング活動自体にAIを取り入れることだ。
「ロボットは、睡眠もタイピングも必要がなく、人間が処理できないような大量の問い合わせに、迅速に対応できます。そういった点で人間よりも優秀です」(ボドナー氏)
実際、HubSpotでは、サポートや、業務に関する知見をまとめたデータベースすべてにAIボットを導入した。すると、回答率と顧客体験が大幅に向上。顧客満足度は300%アップしたという。
この結果で特に注目したいのが、「顧客体験価値の向上に効果が期待できる点」だ。一般的にAIの導入では効率性や生産性の面に関心がいきがちだ。しかし、AIによって顧客行動を分析することで、よりパーソナライズされたコミュニケーションが取れるようになり、購買体験の向上にもつながる。
「HubSpotが提供しているコンテンツアシスタントなどのAI搭載ツールを活用すれば、営業用のEメールやブログ記事などの制作業務において、優れたコンテンツを効率的に作成できるようになります」(ボドナー氏)
検索時に想起してもらえるようなブランディングがより重要に
ボドナー氏が挙げる二つ目の戦略は、「ブランドマーケティング」だ。
AIの登場により、顧客の検索環境は大きく変化した。従来の検索では、調べたい単語や事柄を入力し、出てきた多数のリンクをクリックすることで、求める回答を探すやり方だった。それに対し、ChatGPTなどのAI検索では、質問の精度によっては最適化された回答が回遊することなくすぐに返ってくる。たとえば「当社は従業員数百人の日本のメーカーです。最大の課題は自動車業界で新規販売件数を伸ばすこと。当社に最適なCRMを教えてください」というように、質問に補足情報が付け加えることでその人が求める“最適解”を得ることが可能だ。
ここで特に重要なのは、検索者の質問によって回答の内容が左右されるということ。
「AIモデルでは、ユーザーの質問に合わせて答えがカスタマイズされます。ただし、現時点では、AIモデルが回答として表示するのはそれぞれの市場や分野で名の通った有力ブランドばかりです。そのため新時代の検索では、ブランドの影響力と認知度をいかに高めるか、そして検索者にどれだけ想起してもらえるか、が重要になってきます」(ボドナー氏)
まずは特定のサービスを知ってもらう。その上でサービスにどんな利点や欠点があるのか知るため、サービス名を検索の中に入れてもらう。このように想起されるブランドづくりが、これからのマーケターに必要になってくるだろう、と分析した。
成功するイベントは見込み客の購買意欲を醸成するゴール設定がカギ
次に、伊佐氏はオンライン広告のトレンドと注目するべき戦略について尋ねると、ボドナー氏は現在見られる傾向を挙げた。
まずはAIの活用だ。ターゲティングや広告作成に利用され始め、GoogleとMetaが最近公開したAI搭載の広告作成ツールでは、様々な広告の画像、文章をAIで作成可能となっている例を挙げ、こうしたAI活用が急速に広まることを予想している。
また、配信先についての変化にも言及。YouTubeやTikTok、Instagramリールなどの動画が今後ますます重要なチャネルになるという。中でもYouTubeはすべての市場で関心が高まっており、「今後広告チャネルの主流になる」と評した。
そして、もう一つ変化すると考えているのが、インフルエンサーマーケティングだ。Googleなどを介して動画に広告を表示するのではなく、YouTubeのクリエイターと個別に交渉しコンテンツに融合できるよう個別のパートナーシップを結ぶ動きが高まっているという。ボドナー氏はこうした手段がBtoCとBtoBの両方で活用されることになると予想する。
ここで伊佐氏は日本のマーケティング担当者が広告費の高騰と顧客獲得単価の上昇に課題を感じていることに言及。同社の調査では回答者のほぼ約6割に当たる57%が「広告以外でリードを創出する手段を見つけることに課題がある」と答えたという。
これを受け、ボドナー氏はマーケティングミックスにおける広告の重要性に触れつつも、その水準を低く抑えることを提案した。
「BtoBビジネスの場合、リードの60~80%を広告経由で創出している企業が多いですが、15~35%に抑えることをお勧めします」(ボドナー氏)
その背景にはどのような考えがあるのか。統計では広告費が高騰しており、人気のあるチャネルではそれが顕著であるとボドナー氏は述べる。大勢の人が使い慣れているGoogleやMetaなどの大手のチャネルも同様だという。
一方、企業に選ばれなくなっている屋外広告の広告単価は米国をはじめ、多くの国で大幅に低下。先述のインフルエンサーマーケティングについても、クリエイターと直接交渉すれば広告単価を抑えることが可能で、調査によるとプログラマティック広告と比較して広告単価は3分の1~5分の1で済むと話す。現在進んでいる異業種のオンライン広告参入によって、価格競争が激しくなることも予想。「市場は細分化しており、値上げ一辺倒ではない」と強調する。
マーケティングにおいて重要な「早期に動くこと」に加え、とにかく新たな手段を始めてテストを続け、戦略を進化させる「機動力」が求められると助言した。
では、イベントについては今後どのような形式が主流になるだろうか。ボドナー氏は次のように語る。
「パンデミックを経て誰もが他者とのつながりを求めています。対面イベントの開催は人とつながれる場として重要ですが、以前と比較すると多くのコストがかかるようになってしまいました。開催の目的の設定には慎重になる必要があります」(ボドナー氏)
加えてボドナー氏は、多くの国のマーケティング担当者に共通して見られるイベント開催における失敗として、ターゲットをまだ購入の検討を始めたばかりの潜在顧客にしている点を挙げる。これはコストがかかる上に非効率だという。
では、イベントの目的をどのように決め、誰を対象にすれば良いのだろうか。
ボドナー氏によれば、限られた予算内で戦略的にイベントを行うために最適なターゲットは、購買意欲を醸成して顧客への転換が見込めるような購入サイクルの終盤にいる見込み客だ。
イベントでは自社ができる問題解決を説明して製品の価値を伝え、信頼関係を築く。さらに製品を使用したことがある他のユーザーと交流できる機会を設ける。そうすることで、顧客の購買意欲を醸成し、購買への転換を促すことが期待できるという。また、規模は50~75人以下、多くても100人程度にして一度の開催コストを低くし、開催頻度を上げるほうが良いとも説明した。
この例にも当てはまるように、イベント実施においては、目的を具体的に絞ることが成功の鍵となるようだ。
ROIを左右する「分析ツール」と「地道なテスト」
セッションでは、ROI改善に求められる戦略についても触れられた。伊佐氏が示した同社の調査によると、対象となった日本のマーケターのうち67%が、マーケティング施策に関してROI(投資収益率)目標の達成を求められる傾向が強まっていると回答したという。
ボドナー氏は、ROI達成への意識の高まりは、マーケティング領域に限らず全社的な事柄であるとした上で、次のように述べる。
「ROIの測定における最大の課題は、活動の目標が一つに絞られていないことです。複数の目標に関心を分散すると余計にコストがかかるため、まずは明確な目標を一つだけ設定して集中的に取り組むことが重要です」(ボドナー氏)
一方で、ROI測定に必要な手法についても確認すべきだ。ボドラー氏は現在の施策とROIを把握するために必要不可欠なものとして「アトリビューション分析」に触れ、その実行においてはHubSpot製品にもあるような分析ツールが役立つと説明する。
ツール導入により、特定のキャンペーンによる収益への貢献度を測定できるようにする必要があるという。
当然ながらROI測定は過程に過ぎず、結果を踏まえた改善こそが真の目的だ。改善の手法は、投資を減らすか、収益を増やすかの2択。ボドナー氏は投資に対する収益を増やすことを勧める。
投資から高いリターンを得るには、定めた目標に影響をおよぼす細かな要素において、実行できる選択肢の一つひとつを、対象を絞りながら地道にテストしていくことが重要だという。具体的には、オーディエンスのターゲティング、対象者に向けて配信するメッセージ、画像や文章などのコンテンツを実際に表示する方法といった要素を順番に、対象を明確に絞って検証する。テストの対象が適切であれば、ROIは改善し、会社の投資に対して明確なリターンが得られるはずだ、と説明した。
顧客目線を忘れずに施策を行うことがCVR向上への道筋
ボドナー氏はROI改善で示す例のように、マーケターは根気強さを持って、地道に施策を試していくことが重要だと語る。
「マーケティングは毎日の食生活が健康を左右するのに似ています。アイス一つでは不健康にはなりませんが、アイスを一年間毎日食べ続ければ健康を損なう。良くも悪くも積み重ねが結果を生み出します。マーケティングも同じで一つの広告やキャンペーンにビジネス全体を変えるほどの威力はありません。しかし長期的に見れば取り組みを続けることで、大きな変化を起こせる可能性が高まります」(ボドナー氏)
ボドナー氏は上記と同じく基本的なマインドであり、マーケターが最も忘れてはならないものとして「顧客目線」を挙げた。顧客のニーズや要望を中心に考えて、Eメール一つを見ても顧客にとって役立つ情報を提供することで、CVRは必ず上昇するという。
マーケティングリーダーにとって現在は、予算やROIの重視など、制約が多くなってきている状況だ。しかし、ボドナー氏は現在のマーケティングを取り巻く状況を“おもしろい局面”だと表現し、次のようウェビナーを締めくくった。
「予算制限もROI重視もむしろ喜ばしいことです。すべきことが減って、本当に必要なことに重点的に取り組めるようになれば、選択と集中により、さらに高い価値を生み出せるはずです。AIなどの次世代テクノロジー環境の変化を常に注視し、製品情報の検索方法に及ぼす影響を敏感に察知してください。自社に有利となる優れた戦略を構築できるでしょう」(ボドナー氏)
日本のマーケティング従事者が感じる課題とは?
HubSpot Japanでは、日本のマーケティング組織で働くビジネスパーソン732名を対象に「マーケティング組織が抱える課題」についての意識調査を実施。広告費が高騰しているうえ、予算が削減されつつもこれまで以上に高い費用対効果を求められていること、生成AIをはじめとした新技術への不安など、これまでとは異なる課題が浮かび上がってきました。
現在、日本のマーケティング従事者は何を課題と捉えているのか。詳しく知りたい場合は、下記リンクから詳細資料をダウンロードできます。