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クリエイター視点から見る「伝えたい便益と共感が重なる表現」とは 北尾昌大氏×田部正樹氏対談

 マーケティングにおいて最も重要な指標の1つである指名検索数を増やすにはどうすればいいのか。ノバセルの代表取締役社長でラクスルの上級執行役員 CMOも務める田部正樹氏は、Web動画やテレビCMを含めた動画広告が重要だと強調します。では、指名検索される動画広告を作るポイントとは? 今回は田部氏の新著『ブランド力を高める「指名検索」マーケティング』(翔泳社、8月30日発売)に収録されているクリエイティブディレクターの北尾昌大氏との対談「クリエイター視点から見る、伝えるために大切なこと」を抜粋して紹介します。数々のテレビCMを手掛けてきた北尾氏から、動画広告の効果を「ジャンプ」させる方法が語られます。

 本記事は『ブランド力を高める「指名検索」マーケティング 顧客の検索行動に大きく影響する、動画広告の活かしかた』に収録されている対談を抜粋したものです。掲載にあたって一部を編集しています。

田部 正樹(たべ・まさき)
ノバセル株式会社代表取締役社長 兼 ラクスル株式会社上級執行役員 CMO
1980年生まれ。中央大学卒業後、丸井グループに入社。主に広報・宣伝活動などに従事。2007年テイクアンドギヴ・ニーズ入社。営業企画、事業戦略、マーケティングを担当し、事業戦略室長、マーケティング部長などを歴任。2014年8月にラクスルに入社。マーケティング部長を経て、16年10月から現職に就任。18年より運用型テレビCMサービス「ノバセル」を立ち上げる。22年2月分社化、ノバセル株式会社の代表取締役社長に就任。

北尾 昌大(きたお・まさひろ)
株式会社北尾企画事務所 株式会社ants代表取締役、Creative Director
クリエイティブ・ディレクターとして日本を代表する企業の世界キャンペーンから、創業間もないスタートアップ企業のブランディングまで、これまで200社以上の企業の広告コミュニケーションに従事。700本以上のテレビCMを制作。電通、Incubate Fundを経て、独立。2018年英Leeds大学にてMBA取得。企業のクリエイティブ・アドバイザーなどを歴任。

「伝えたい便益」と「共感」が重なる表現を探る

田部:自社の便益や独自性、つまり「何を」が伝わるようにコンセプトを整理し、クリエイティブでジャンプさせる手法をお聞きしていきます。クリエイティブディレクターである北尾さんは、一言でいえるコンセプトを企業の担当者とどのように導き出していますか?

北尾:そもそも「一言でコンセプトをまとめる」のは、簡単ではありません。一言にするのは私たちクリエイターの仕事なので、長文でも構わないので企業の担当者の方は自社の便益を正確にいえるようにすることが先決です。伝えるべき「何を」がない段階では、まだ動画広告の制作に着手しないほうがいいのかもしれません。

 つい、あれもこれもと伝えたくて長くなってしまうことはあるでしょう。でも、まずはそれで良いと思います。むしろ、変にまとめようとせず、熱量を持ったままでいてほしい。「何を」が定まれば、どう取捨選択するべきか、どんな言い方をすれば人が驚きを覚えるのか、私たちはノウハウを持っていますのでいろいろな提案ができます。しかし「何を」がないままでは、0から正解を生み出すようなものです。そんな魔法は使えないんですよね。

 「このタレントを起用したい」とか「画面のイメージカラーを赤くしたい」などは表現手段の話なのに、先に手段を決めがちです。それよりもとにかく「誰に」「何を」伝えたいのかをクリエイターに伝えることに注力していただきたいですね。

田部:「誰に」「何を」伝えたいのか戦略を固めた上で、クリエイティブに入るべきなのは私も完全に同意です。その上で動画広告、とりわけテレビCMは15秒や30秒枠の時間的な制約があります。クリエイティブに落とし込む上で北尾さんが気をつけているポイントはありますか?

北尾:クリエイティブの段階で気をつけるべきは、メッセージは極力シンプルに、1つに絞ることです。企業側のいいたいことを一から十まですべてをいっても上手く枠内に収まりません。もし15秒間で自己紹介をするとしたら、自身のチャームポイントはせいぜい1つしかいえないはずです。ちなみに30秒のCMなら2つのメッセージを入れることもできますが、2つを対等に並べるというより、メインとサブの2つでクリエイティブを設計します。

田部:「私はハンサムでお金を持っててモテます」と自分で言っても伝わらない。それを表現を変えて伝わるようにするのがクリエイティブだと思うのですが、北尾さんはどう考えていますか?

北尾:「凡庸ではない表現でどうやって商品の持つ魅力を世の中に伝えるか」だと思います。

田部:目立つことが重要ですか?

北尾:それも1つあります。ただ「目立つ」にも大きな声が目立つパターンもあれば、小さなひそひそ声だからこそ目立つパターンもあります。いずれにしても見てもらえないことには何も始まりません。幼稚園のときに見たCMソングを今でも歌えるくらい、テレビCMや動画は訴える力を持っています。その一方で、基本的には見てもらえない前提に立った上で、思わず見たくなり、見て得したと思える魅力や興味を引きつける仕掛けが必要です。

田部:クリエイティブの表現で「再現性」のあるアプローチはありますか?

北尾:一番強いのはやはり「共感」です。「その気持ち、私にも分かる」「私も同じように感じる」「なぜ私の悩みを知っているの?」と共感を誘うような気持ちの動かし方が、購買を目的とする場合は視聴者の感情をもっとも動かせるのではないでしょうか。ただし、分かりやすくすでに表面化している感情を単に動かそうとしても、あまり刺さりません。だからこそ「伝えたい便益と共感を得られるポイントとを重ねられるような表現はないかな」と、常に探っていますね。

左:田部正樹氏 右:北尾昌大氏
左:田部正樹氏 右:北尾昌大氏

人間の本性・本音・深層心理を常に考える

田部:どういうことでしょう?

北尾:人は裏側でどういう本音を抱えているのか、人間の本性や深層心理を私はずっと考えています。表面的に出てくる回答をあまり信用していません。顧客インタビューにしても、発言を鵜呑みにするのではなくて発言の裏側を探ろうとします。「なぜ、この人はこの質問にこう答えたのか?」、その表裏一体となっている共感できる本音を発見できるかどうかが重要だと思います。

田部:人が潜在的に感じていたことをいい当てられた感覚ですね。マーケティングの顧客理解もまったく同じアプローチです。

北尾:私は電通に所属していたときに任天堂のテレビCMを担当していて、かなりの本数を制作してきました。クリエイティブのゴールは「ゲームをやりたいと思ってもらうこと」です。それを目指すのであれば、ゲームソフトの新しくて面白そうな部分を映像で見せればいいと考えるのが普通でしょう。しかしそれでは「楽しそうだね」で終わってしまい、購買の強い動機にはつながらないのではないかと考えました。お子さんたちにとってゲームソフト1本は大きな買い物ですからね。

 そのときに思いついたのは、ゲームプレーで失敗したシーンを見せることでした。例えばプレー中のマリオが穴を飛び越えられなくて落ちてしまえば、横に座って見ていた友人は「ちょっと待て、俺に代われよ」という気持ちになりますよね。それを、そのゲームの売りとなる新しいシーンを使ってやれば、深層心理をついた共感と、伝えたい便益とを同時に果たせると考えました。

クリエイティブジャンプとは「どれだけ多くの人に伝わるか」

田部:北尾さんがクリエイティブディレクターを務めた、ハイクラス転職サイト「ビズリーチ」のテレビCM「即戦力採用ならビズリーチ」も、いいコンセプトを導き出したクリエイティブジャンプの好事例として、本書で取り上げています。

北尾:ありがとうございます。転職エージェント市場ではリクルーターという仲介者が入ることが当時はまだ当たり前でした。一方ビズリーチは、データベースを顧客向けに用意し、採用したい企業側が直接、転職希望者にアプローチして採用活動ができるサービス内容が売りでした。ヘッドハンターがスカウトできる「ダイレクトリクルーティング」という仕組みが新しかったんです。

 ただ、ビズリーチの担当者から「ダイレクトリクルーティングの新しさを世に伝えたい」とオリエンを受けても、私は価値があまり理解できませんでした。自分が分からないものは人に説明できません。それで、このサービスを実際に使用されているヘビーユーザーのお客様を紹介してくださいとお願いし、お電話で数名顧客インタビューさせていただきました。「ビズリーチのどこが良いんですか?」と聞くと、「良い人が採れるんです」と、一様に同じことを言うんですよ。さらに「良い人とはどんな人ですか?」と質問をすると「採ったその日からすぐに働ける人です」と。

 これこそが訴求すべき便益であり、対象顧客が共感できる裏側の本音だと考え、言い方を換えて「即戦力採用」のワードでクリエイティブを展開しました。

田部:ということは、クリエイティブジャンプとは「人が潜在的に感じていたことをいい当てることができた」ということですか?

北尾:そう思います。特にBtoB向けやビジネス系のテレビCMの場合は、対象顧客がテレビを見る際はリビングのソファでくつろいでいるなどなど、頭がビジネスモードになっていない可能性が高いので、なおさら平易な言葉でいわないと伝わらないと思います。

「弱いヒット」と「WebマーケっぽいテレビCM」との境界線

田部:高い打率でヒットを打てるようになるポイントはありますか?

北尾:テレビCMをやっていい状態にあるかを検証することですね。世の中に受容されていて、お客様がいて、伝えれば動いてくれるのかが分かっていること。最低限の顧客に伝えれば動くと分かれば、それが一番弱いヒットにはなります。スタートアップは特に、ヒットだけを確実に狙ったほうが良いと思います。あとは放送する本数などでどう増幅させるかの問題になります。

田部:もう1つの観点で、当たるクリエイティブは潜在層である不特定多数が動くということなので、顕在層に向けて作るWebマーケティングで当たっているものを同じようにテレビCMで流すと効果が出ないケースが多いです。大きな成果を上げることができない動画広告は、顕在層にしか刺さっていません。顕在層向けのWebマーケティングと同じことをテレビCMでやってしまっているんですね。

 マスマーケティングでヒットさせるにはやはり潜在層を動かさないといけないので、今は顕在化していないけれど深層心理にはある「それをいわれたら確かに買う」をいかに発見するか。これを考えることが検索を伸ばす1つのポイントになると考えています。

北尾:なるほど。潜在層を意識するときは、なんとなく社会の風潮や流れを意識することが大事じゃないかと思います。そういうのを入れておくと共感を得やすいというのはありますね。

「あなたの課題を解決できます」までしか伝えない

田部:本書は「検索される」ことが1つのテーマになっています。検索されるためには「商品が欲しい」と思ってもらえることが必要ですが、そのために動画広告はどうあるべきだと考えますか?

北尾:検索されるということは気になるということなので、「気にさせる」クリエイティブの設計が必要です。先ほど、15秒ですべてを伝えることはできないといいましたが、仮に伝えられたとしても、すべてを伝えてしまったら検索されない気がします。すべてを説明せず、もうちょっと知りたいと思わせることが大事だと思います。この商品があれば自分の生活が変わりそうだ。具体的にどんな使い勝手なんだろう、確かめてみたい、という心理状況に持っていくイメージです。15秒のテレビCMで伝えただけで絶対に買いたくなるような商品であれば、それが狙いのクリエイティブでもいいと思うんです。ただ、そんな商品はなかなか出てきません。大抵は15秒では伝えきれないので、検索してもらってWebサイトで知ってもらい、説得する流れの設計にします。

田部:「あなたの課題はこの商品で解決できます」と伝えて、でもその手段がどうなのかまではいい切らないし、いい切れないということですね。何か事例はありますか?

北尾:私が最近携わった、電話代行サービスの「fondesk」のテレビCMの事例がまさにそれです。このクリエイティブは「会社に電話がガンガン鳴って仕事に集中できないと困りますよね。それを解決します。しかも利用料金は月額1万円からできますよ」までしかほぼいっておらず、サービス内容の詳細までは伝えていません。しかしその悩みは多くの企業や人が抱えているだろうし、価格も安そうだから調べてみようかな、となるよう設計しています。

田部:事業側としては全部を伝えたい。けど、15秒で伝わるように絞る必要がある。その一方で絞るほどに分かりにくくなる怖さもあります。絞ったことで本当にこのクリエイティブが分かりやすく伝わっているのか、あるいは伝わっていないのか。判断のつかなさが悩ましいと思っています。

北尾:私はテレビCMの役割は「30分の説明を聞いてみたくさせる手前まで」だと思っていて、そこに徹しています。

田部:その作りにすればもっと知りたくなるし、検索して調べたくなるということですね。

波長の合うクリエイターとお茶をしよう

田部:ここまでのお話を踏まえて、マーケティング担当者がどこまで戦略を作り上げれば、クリエイターとしてビジネスにインパクトのある、検索されるクリエイティブが作れるといえますか?

北尾:逆にいえば、クリエイターに渡す資料をよくある形式に落とし込むことに注力しすぎてしまうマーケターや担当者が比較的多いんです。モデルに当てはめたりフォーマット化した体裁のいい資料を用意してくれたりするんですけど、それはクリエイティブに大事な「余白の情報」がすべて削ぎ落とされてしまっています。クリエイターにはさまざまなタイプの人がいますが、私の場合は余白を含めたローデータ(生の素材)に近いものを一式もらえたほうが、そこに隠されたヒントを見出すことができるんですね。ほかにも、営業担当やマーケティング担当、代表などと直接、コミュニケーションすることで見つかる、行間や表情に隠れている部分が大事だったりします。

 中にはテレビCMの視聴者がまるで「商談を聞きに来てくれた人」であるかのように説明をしたがる方もいらっしゃいます。つまり自社サービスへの関心や理解度が高い人に向けたメッセージをテレビCMで届けようとしてしまう。しかし段階としてはまだ早くて、もっと手前の「知ってもらうこと」から考える必要があります。また、自社で動画広告用のクリエイティブを制作する人にありがちなのが、全体的にふわっと体裁良くしようとしてしまうことです。そうではなく一点だけが尖るように、一番いいたいことがどうしたら伝わるか、研ぎ澄ませることが大事です。

田部:あれもいいたい、これもいいたいとつい足したくなって収拾がつかなくなってしまう状態は身に覚えがあります。決めた戦略に沿っているか、ユーザーに刺さるかどうかで決めるべきだということを忘れないようにしたほうがいいですね。最終的なクリエイティブを決定する際に、社員の多数決を採用している企業がたまにありますが、それは良い結果に結びつかないと思います。

北尾:最初に合意したクリエイティブを作っていく途中でブレていってしまう恐ろしい状況が起こらないように、私は「誰に」「何を」に常に立ち返って確認しながら進めるようにしています。

田部:今日のお話をまとめると、終始一貫して、視聴者やユーザーがどう見るか、考えるかを徹底して突き詰めることだと思いました。効果を出せる優秀なクリエイターは、「このクリエイティブを作ったら結果はどうなるのか」「誰からどう見えるのか」をすごく理解している印象があります。

北尾:そうですね。直訳するのではなく、翻訳家に近い意識を私は持っています。英語の表現を日本人に伝えるとしたら、日本の習慣や日本語の慣用に合わせて変換する必要があり、それをできる人が優れた翻訳家だと思っています。同じようにクリエイティブディレクターは、企業のいいたいことを「顧客に対して伝えるならこういう風にいったほうが伝わる」と翻訳している感覚です。

 あとは、とにかくクリエイターを信頼してほしいです。もちろん簡単なことではないでしょうが、「この人を信じよう」となって初めてプロジェクトを開始すべきだと考えます。プロジェクトの成功のためには信頼関係が一番大事だと思っています。コンペ形式でクリエイターに企画だけを提出させてみても、自社事業との相性の良し悪しは判断できないのではないでしょうか。

 一緒にお茶をするでもお酒を飲みに行くでもいいので、自社のクリエイティブ担当の幹部を採用するプロセスだと思って、人を見て本当に任せられそうか判断することをおすすめします。人として波長が合うか、あるいはそのクリエイターが作ってきたものと波長が合うかどうか。「合う・合わない」の相性が一番、クリエイターを選ぶ判断基準として大きく、結果を左右するのではないでしょうか。

田部:貴重なお話を伺えました。本日はありがとうございました。

ブランド力を高める「指名検索」マーケティング 顧客の検索行動に大きく影響する、動画広告の活かしかた

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ブランド力を高める「指名検索」マーケティング
顧客の検索行動に大きく影響する、動画広告の活かしかた

著者:田部正樹
発売日:2023年8月30日(水)
定価:1,980円(本体1,800円+税10%)

本書について

指名検索マーケティングにより自社の売上を7年で30倍に伸ばした著者がすぐに始められるノウハウを大公開。元ネスレ日本代表取締役社長 高岡浩三氏など、様々な視点を見ることができる対談も収録。

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【AD】本記事の内容は記事掲載開始時点のものです 企画・制作 株式会社翔泳社

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MarkeZine(マーケジン)
2023/09/06 07:00 https://markezine.jp/article/detail/43167