AIコンシェルジュがはらむ「リスク」とは
有園:ちょうど話の流れでキリがいいので、対談のテーマを今話に出た「顧客データ」に移しますね。以前、DMPが流行っていたころにある自動車メーカーのマーケティング担当者から聞いたのですが、当時自動車メーカー側では自社の車の購入者がどんな人なのか把握していなかったそうなんです。ではどこに顧客データがあるかというと、系列の販売店なんですよ。同じ商圏内に系列の販売店があると、競合になるので、本社になかなかデータを渡してくれないそうです。
自動車の進化も非常に速く、これから自動運転が進んで車が端末化すると、車自体がITのプラットフォームになるじゃないですか。その時に先ほどのAIコンシェルジュやAIアシスタントがパーソナライズされた提案をするには、やはり車のプラットフォームが「私」というIDを認識し、そのIDに紐付く情報をもって「私」のことを私以上に知っている世界を実現する必要があると思うんです。
先ほどのブランドのプラットフォームもそうですが、結局企業側できちんとお客様のIDを持つことができていないことが大きな課題なのではないでしょうか。ブランド側は、それこそAIを活用して、チャット機能を開発やお客様に話しかけたりするツールを開発したいと言っていますが、そもそもお客様のIDをしっかり持っていますかというところに問題があると思います。クレジットカード情報に基づく本人確認ができていて、そのIDに紐付くデータを持つCDPとCRMがしっかり整っていて初めて先ほどの「Prime Try Before You Buy」が実現するのですから。

高広:IDは「この人は誰か」ということを識別するものですよね。僕は「誰に」という話と「どんな人」という話は別だと思っているんです。IDでは個別識別できても、過去の利用履歴に基づいて「どんな人」ということを分析してIDと結び付けることができないと、やはり適切なコンシェルジュにはならないと思います。これを前提に、まず個別識別である「誰に」と、「どんな人」ということは切り分けて考えたほうがいいでしょうね。
その話でいうと、前からAIコンシェルジュに関して考えていることがあるんですよ。かつて広告が“押し売り”だった時代がありましたが、そこから検索などを通じて広告は一種の“御用聞き”になり、次は生成AIでより高度なコンシェルジュになるといわれています。これはつまり「聞かれなくても先回りして必要な情報を届ける」という時代です。ただ、その高度化されたコンシェルジュが、逆に“押し売り”になってしまう可能性はゼロではないと思うんです。デジタルマーケティングの世界では技術が起こしてしまうモラルハザードは珍しくないので。
検索の場合、ユーザーの検索行動が発端になりますが、生成AIによる高度なコンシェルジュの場合、高度化されたことで「不気味の谷」を超えてしまうかもしれない。コンシェルジュという耳ざわりの良い言葉でいい部分だけの話をするのはあまり良くないと思っています。押し売りにならないように高度化コンシェルジュに「モラル」を求める時代は予想より早く訪れるかもしれません。