顧客起点に立ったマーケティングモデルへ変革せよ
有園:なるほど。検索連動型広告は、目の前にあるサーチクエリに対して広告を返すというプル型のソリューションですが、高度化されたコンシェルジュになると、目の前のサーチクエリだけでなく過去の購買履歴を含めてこれからの予測をして「これはどうでしょう」とプッシュ型の提案になるわけですね。
その流れでなぜ私がIDの話をするかというと、高広さんも指摘されてうたように、今生成AIで盛り上がって「チャットを開発しよう」というインターフェイスの話にばかり終始しているからなんです。結局、生成AIのチャットを導入したとしても、その次どうするかといえば、やはりIDをしっかり持ち、CRMやCDPを整備することが必要になるんです。高広さんは少し異なる視点で話しているかもしれませんけど、私は近い未来にブランドがしっかりした顧客IDを持つこと、CRM/CDPの整備が求められると思っています。

高広:IDについては今後、顧客とブランドの関係性が重要な要素になってくると思います。わかりやすくいえば、「顧客から匿名情報しか渡されないブランド」か、それとも「実名情報を渡されるブランド」かということです。実名で顧客情報を持つことができるのならば、その顧客とのエンゲージメントは高いと判断できるでしょう。昔の百貨店の外商のような関係性に近いと思いますが、その状態を目指すというのが1つの形だと思うんです。IDを持つ時、それが匿名のIDなのか実名になるのかは、ブランドの努力に左右されると思います。
有園:顧客が自発的に実名情報を企業に渡すことで、顧客自身が不利益を被らないようにするということもあります。うちの2人の子どもはペアレントコントロールの下でスマートフォンを使っているので、サービス提供企業に「この端末は何歳の子どもが使っています」という情報を渡しているんです。これはどういうことかというと、個人情報をこちらから積極的に渡すことで子どもに悪いことが起きないようにする、つまり「ブランドを信頼している」ということだと思うんです。結局は「お客様からもらったデータを誰のために使うか」について企業がしっかり考えられているかどうかが重要なんでしょうね。
高広:基本はブランドのインテグリティ(誠実さ)だと思います。BtoBの領域では、セールスをイネーブルする=営業活動の効率化・活性化でより売れるようにするために「セールス・イネーブルメント」ということが言われていますが、僕は最近「バイヤーイネーブルメント」という言葉をよく使っているんです。この言葉の意味することは「お客さん側の購買活動を支援し、購買プロセスを進めるための概念と、それに基づく戦略・戦術」です。つまり、売り手が売りたいようにする、というものではなく、買い手側が買いたいようにする、ということですね。
「インバウンド・マーケティング」という概念が出てきて以降、売り手側から買い手側への主導権が移った時代の方向にマーケティングモデルは変わっていくべきだと思っているんですよ。あるいは「パーミッション・マーケティング」という言葉が生まれた1999年頃、インターネットを通じてお客さんと直接接点を持てるようになった時代から、そうでなければいけないのかもしれませんが。
あと、購買のプロセスというのは、その行動を通じて学習が起きています。自分に必要な課題を把握し、それを解決する情報を見つけ、関連する商品について学び、理解するプロセスです。つまりお客さんにとっての買いやすさとは、自分にベストなものを見つけてくれたり、ベストな使い方を教えてくれたり、プロセスのなかでいかに適切に情報を提供していくかがポイントになるわけです。その情報提供のために、お客さんの情報をお客さんのために使う姿勢が必要なんですよね。なので、顧客データをどう使うか、というのを、自分たち、つまり売り手側のためだけにつかうのか、それとも買い手であるお客さんのために使うのか、という態度の違いも重要でしょう。
有園:セールスイネーブルメントは少し押し売り感がありますね。バイヤーイネーブルメントという考え方はなかなかユニークだと思います。今日は大変刺激的なお話をありがとうございました。