若齢層向けのサービスにもIDフォントを導入
大村:実際にフォントを販売する立場として、IDフォントのニーズはいかがでしょうか?
飯田:商品名や打ち出し方の部分でいろいろと試している段階です。高齢者や視覚障がい者向けと発信すると、それ以外の人には必要ないと判断されがちです。高齢者や視覚障がい者が見やすいフォントですが、UDフォントをベースにしているので、本来は他の方々にとっても読みやすいフォントです。第一印象ではそこまで伝えきれない課題を持っています。
フォントについて順を追ってきちんと説明していくとご理解いただけますし、「それなら、ここにも使えそう」とお客様も利用イメージを持っていただけます。この、入り口部分をどうしていくかが現在の課題ですね。

大村:IDフォントの問い合わせが多い業界はありますか?
飯田:一番は医療機関ですね。やはり、高齢者や視覚障がい者の利用が多い施設やサービス様に注目いただいています。他にも少し意外だったのは、電子コミックを提供する企業様からのお問い合わせですね。電子コミックは若者向けのサービスというイメージも強いですが、実際は全世代が利用するため、見やすい文字であること自体が価値にも差別化にもなるとのことです。
大村:高齢者や弱視の方の意見を取り入れて作ったものではありながら、世の中に出してみると、若い人にとっても実は見やすいものにできているところはまさにインクルーシブデザインのアプローチで作られた製品だといえますね。
飯田:そうですね。いろいろな方と話していると、「ここにも使えるんじゃないか」「アクセシビリティにも使えそう」などのご意見をいただけます。また、IDフォント開発の取り組み自体も評価していただけています。
数値化することで、ユーザーがフォントを自由に選べる世界に
大村:最後に、フォント開発における今後の展望や目標を教えてください。
津田:さらに多くの方にフォントを使っていただきたいと考えています。本来はただ読むためだけのフォントでしたが、そこにデザインという考え方が付随して、読みやすさや綺麗さが“性能”として出てきました。一方で、まだまだフォントの性能や特性への言及は少なく、「なんとなく読みやすい」といった感覚がベースとなって選ばれています。
今後は、性能などの要素について「だから、このフォントを使うといい」と伝えられるようにしたいと考え、現在、実験や研究を重ねています。一般の方にも、フォントの性能があること、その性能がどう評価されているか、客観的な数字を出すことで浸透させていきたいです。
大村:自分の作りたいものに合わせてスムーズにフォントを選べる世界が来ると素敵ですね。デザイナーとしても、フォントを使用する根拠を説明できるようになるとクライアント様の納得感も醸成できそうだと感じます。数値による可視化やレコメンドが進むと、たとえフォントに詳しくない人でも、より適したフォントを選べるようになりそうです。そのようになれば世の中にあふれる文章がどんどんわかりやすいものに変化して、結果的にインクルーシブな社会につながっていくのではないかとも感じます。
飯田:ありがとうございます。弊社のミッションは、「もじと もっと じゆうに」です。文字は記号として言葉を伝えるだけではなくて、その人の込めた思いや世界観など、もっと伝えられる奥行きがあるものだと思います。そういったことを多くの人に理解していただき、使っていただけるための取り組みをしていけたらと思います。