トヨタが「ブランド」の概念を取り入れた瞬間
山崎:アメリカの自動車業界の話になりますが、ある時まで、ブランド戦略をしっかりとっていたのはGMだけでした。その流れが変わったのが、フォルクスワーゲンやフォードが次々とブランドを買収し始めた頃です。
彼らはブランドを買収することで、自社にはいないタイプの顧客を取り込もうとしました。つまり、買収したブランドを上手くポジショニングし、それぞれのアイデンティティを際立たせていくことで、顧客を獲得しようとしたわけですね。
このやり方が業界内で注目されるようになると、自動車業界でも「ブランド」の重要性が言われるようになります。トヨタ自動車も同様の経緯があり、やはり「レクサス」を開発してから、ブランドを区分けするというような考え方が出てきたと見ていました。
田中:M&Aで「ブランド」が注目されるようになったという背景の事情は、他の業界とも共通しています。90年代の終わりにパッケージ消費財業界で、ブランド・エクィティが注目されたそのきっかけは、やはりM&Aでした。企業価値におけるブランド価値の大きさが注目されたのですね。
日本の自動車業界でブランドの理解が遅れたのは、M&A自体が日本の自動車業界では、そこまで実践されてこなかったことも大きいのでしょうか。
山崎:欧米の自動車会社の多くはM&Aで淘汰されたり、整理されたりしていますが、日本の自動車会社は良くも悪くも生き残っているんですよね。
高田:この問題は、トヨタだけでなく、日本のメーカー全般の話でもあり、自動車業界を越えた話でもあると感じます。ことトヨタについてお話しすると、徹底したモノづくりの会社ですから「らしい」ものをコツコツ一生懸命作ることが正しいのだ、という考え方が色濃くありました。真摯に、愚直によいモノを作るというのが、トヨタの基本的な理念なのです。
ですので、ブランドを完全に無視しているとは言わないまでも、「ブランド」で売ることばかりに傾斜すると、モノ作りが緩むと思っていたのではないでしょうか。
トヨタがブランドの概念を取り入れたのは、レクサスをつくった時。この時に、レクサスを単なる「(トヨタの)高級車」として売るだけではいけない、と気づいたように思います。要は、「Top of TOYOTA」であるクラウンと差別化する必要があったわけですね。
また、豊田章男さん(現・トヨタ自動車会長)が、「トヨタは良品廉価のブランドだけど、レクサスはそうではない」とおっしゃったのも覚えています。結果、レクサスはトヨタの組織とは違う組織体で運営することになった。これは、まさにトヨタがブランドの価値を認めた瞬間だったと思います。
田中:そうした経緯は、日産自動車も同じではないかと推測しています。カルロス・ゴーンさんが日産自動車にジョインした時、1999年頃に、私は日産のブランドプロジェクトにアドバイザーとして参加していました。
その時に、ゴーンさんは「日産はこれまで“ブランド”を考えてこなかった。けれど、これからは“ブランド”を考えないと、日産では同じ車格が数万円安くでしか売れない。それでは、工場でいくらコスト削減をしてもすぐに無駄になってしまう。だから、日産はブランドの格を上げないといけないんだ」と社内向けビデオでおっしゃっていました。まだ彼の眼が澄んでいた頃の話ですが(笑)。
高田:ただ、結果的にトヨタは、QDR(Quality・Durability・Reliability:品質・耐久性・信頼性)の権化のような、世界最強のブランドになっています。なので、ブランドが創られてこなかったわけではないと思っています。
進む中国車の台頭、トヨタは築いてきたブランドイメージを維持できるか
山崎:高田さんのおっしゃる通り、トヨタは良品廉価・信頼性という点で圧倒的に評価が高く、それがブランド力になっています。これからはそのブランドイメージを維持していくことが重要になってくるでしょう。
というのも、いま、中国車のレベルがどんどん上がってきています。価格が安くて、品質も良い良品廉価の自動車が中国からどしどし出てくるはずです。そんな中でも、「やっぱり品質が高いのはトヨタだよね」というパーセプションを確固たるものにして、むしろそれを強化していく必要がある。そういったイメージ戦略が、これから非常に重要になってくると思います。
高田:たしかに、その通りですね。だからこそ、昨今起こった「性能試験で不正」のような出来事は、あってはならないです。
