戦略的に、最初は種まきから始めた組織改革
人材育成と並行して取り組んだのが「組織」の改革。社内にデータドリブンなカルチャーを根付かせつつ、マーケティング組織の規模や扱う領域を広げていった。
データドリブンなカルチャーを広げていく際、木田氏は、目に見えて、かつわかりやすい形でデータの価値を表現することを意識した。たとえば、地域の建物保険と家財保険の平均値をプロットしたデータは、見方を変えるとエリアマーケティングに活用することができる。データとその活用方法をセットで提案することで、そもそも自社にどんなデータが蓄積されているのかを知ってもらい、データの価値を実感してもらった。
「こうした取り組みを続けていると、次第にデータをもっと使ってみたいというムーブメントが会社の中で生まれてきました。そのようにして、データドリブンのカルチャーを徐々に浸透させていったのです」(木田氏)
データを活用し社内の様々な課題を解決することで、社内での期待値や信頼を獲得しながら、マーケティングの種を各所に植えていった。そして社内にマーケティングが浸透してきたタイミングで、中長期的な基盤構築に向けて動き出す。CDPを導入し、顧客理解のためのシステム基盤を構築。人材育成・強化の規模も拡大し、社内の風土を変えるような変革に繋げた。地に足をつけた、戦略的な改革である。
最初はたった5名で始まり、予算も少なかったマーケティング組織は、着実にステップアップしていき、コンテンツマーケ、CDP構築、マス広告、CM制作、CRM、ブランディングと、どんどん領域を拡大していった。
「実は、3年半前に組織を立ち上げた時点で、この構想を思い描いていました。何年何月に大体こうなるためには何人の人材が必要。このプロジェクトを開始するためには、いつの時点でCDPができていなければならない、などゴールから逆算してロードマップを引き、実行してきました。今のところ、ほぼ計画通りに実現しています」(木田氏)
顧客接点を強化し、コミュニケーション施策に反映
JTC企業変革の3つ目のキーワードは「環境」。代理店系損保が置かれている環境は特殊で、すべての顧客接点が代理店経由という特徴がある。顧客の声や現場の声をマーケティングコミュニケーションに取り入れるべく、同社では顧客との接点を強化している。
顧客と現場の声を取り入れたコミュニケーション例として、木田氏は直近で実施したマーケティング施策も紹介した。データとエビデンスに基づきコンセプトを策定し制作したテレビCMの事例で、著名なタレントを起用せずとも資料請求が約10倍にまで増加したという。
ポイントは、複数のカテゴリーエントリーポイントを徹底的に研究したこと。たとえば、事故のシーンやあおり運転のシーン、事故時のサポートのシーンなど、自動車保険が想起されるタイミングを洗い出し、ターゲットに響くストーリーを考えていった。
現場のメンバーも含めて議論する中で出てきたのが「そこに人がいる」というコンセプトだ。競合企業の多くは「24時間365日、いつでも安心」というメッセージを打ち出している。そこで、「24時間365日いつでも」という要素は押さえつつ、それにプラスして「全国にサポートする人がいる安心感」を打ち出した。「マーケティングコミュニケーションは“説得”ではなく“セイリエンス”だと考えています。購買時にいかに想起されるかが大事です」と木田氏は話す。
また、同社の場合、市場浸透率が圧倒的に低いことがわかっていたため、浸透率アップの一点突破でライトユーザー施策に絞り、コンセプト策定からクリエイティブ制作を進めた。
結果、2022年時点で競合と2倍以上の差があったWeb流入数は、競合に追いつく水準にまで上昇。好感度、NPSなどの主要KPIも、代理店系損保の中で上昇率1位を獲得するなど、比較的少ないマーケティング予算でも大きな成果をあげられている。
前例にないことも多いエビデンスベーストマーケティングをいかに進めるか
木田氏がマーケティング戦略において「エビデンス」と「データ」を重視するのは、ただこれら自体が重要だからではない。立ち上げたばかりのマーケティング組織はリソースが限られており、ヒト・モノ・カネが競合より劣るからだ。だから、エビデンスベーストの戦略に集中した。
ただ、エビデンスベーストマーケティングでは前例に倣わないことも多く、実行するとなると一筋縄ではいかない。木田氏は、自社の取り組みを振り返り、次のように話して講演を締めた。
「エビデンスベーストマーケティングはトライアンドエラーでやるしかありません。人・組織・技術を掛け合わせて初めて実行できるものであり、マーケティングとデータのループを作ることが非常に重要で、その先にJTCの創造的破壊があるのではと考えています。そして、三井住友海上は今もなお大きく変わり続けています」(木田氏)