Webトラフィックのうち17.9%が不正トラフィック
今回の講演のテーマであるアドフラウドは、不正なプログラムや手法で広告費用を搾取したり、表示回数を水増ししたりする詐欺行為全般を意味する。中でも近年増加しているのが、ボットなどを使った不正トラフィックだ。本来ならば適切なユーザーに配信されるべき広告をボットがクリックし、広告費を搾取するもので、被害は年々増大している。
この不正トラフィックをはじめ、あらゆるアドフラウドのセキュリティ対策において、グローバル1万5,000社以上の導入実績を誇っているのがチェク・ジャパン(CHEQ)だ。イスラエルの情報セキュリティを守る元精鋭チームが2016年に設立した企業で、不正トラフィックにおいては2,000項目以上の検知技術を有している。
チェク・ジャパンのシニア エンタープライズ アカウント エグゼクティブを務める外岡侑樹氏は、横行する不正トラフィックの現状について次のように話す。
「私たちが毎年発表している『偽トラフィック実態調査2024』によると、調査対象となったトラフィックのうち17.9%は偽であることがわかりました。前年の11.3%から58%も増加しており、あらゆる企業で対策は急務となっています」(外岡氏)
チェク・ジャパンでは、不正トラフィック対策ソリューション「CHEQ Acquisition」を始め、入力フォームの不正登録を防御する「CHEQ Form Guard」、データコンプライアンスとプライバシーを徹底する「CHEQ Enforce」など6つのソリューションを展開している。国内企業では、ANAグループがチェク・ジャパンのCHEQ Acquisitionを始めとする同社ソリューションを活用しているという。
導入を推進したのは、外岡氏とともにMarkeZine Day 2025 Springに登壇したANA X デジタルマーケティング部担当部長の石井敏行氏だ。
ANAグループと言えば、航空や旅行といった「非日常」の世界のイメージが強いが、ANA Xでは日常生活をマイルと結びつけた「マイルで生活できる世界」の実現に向け、それぞれの顧客の生活シーンにあったマイルサービスの提供に取り組んでいる。近年ではお得にマイルを貯めて使えるモバイル決済サービスの「ANA Pay」やショッピングサイトの「ANA Mall(ANAモール)」など、航空・旅行以外のサービスを展開しており、顧客との接点も幅広い。

「多様な事業、サービスが存在する中、いかにユーザーの皆さまそれぞれの利用状況やニーズに合わせたコミュニケーションが実現できるか日々バランスを取りながらサービスの案内を行っています」と石井氏はANA Xについて説明する。

国内企業が不正トラフィックのターゲットになっている理由
続いて、国内のデジタル広告における環境の変化について両者は語った。
冒頭に紹介したとおり、外岡氏は「人間ではない不正トラフィックは年々増えている」と述べたうえで、近年の傾向として「AIボットを使った不正トラフィックが非常に増えています」と警鐘を鳴らした。2024年度の不正トラフィックは、前年比58%増と急激に増えたが、その背景にはAIが潜んでいる状況のようだ。

なぜ不正トラフィックは年々増えているのか。チェク・ジャパンの調査によると、主な理由は「金銭目的」「情報収集」「競合によるマーケティング侵害」の3つだという。いずれにしろ、不正トラフィックが増えていくなか、手段も日に日に巧妙化しており、検知は極めて困難になっている。
「日々KPI達成に向けて広告運用をされているマーケターにとって、このように人間ではないAIボットによる広告費の不正利用は深刻な課題となっています。特に日本企業は欧米企業に比べて広告不正対策が遅れており、犯罪者集団にとって格好の標的となっています」(外岡氏)
そんな現状打破に動き出したのがANA Xだ。実際、ANA Xの石井氏は「不正トラフィックのリスクは数年前から薄々感じていて、対策を施さないといけないと思っていました」と話す。
それでもなかなか具体的な対策に踏み出せなかったのには理由がある。
「デジタル広告については、広告代理店に協力いただきながら日々運用しています。不正トラフィック対策については、本音を言えば広告主側ではなく、広告の専門である代理店、またはプラットフォーマー側で対応いただきたいという考えでした」(石井氏)
この石井氏のいう「広告代理店やプラットフォーマーがどうにかしてくれる」というのは、現状多くの広告主が思っているところではないか。しかし、コロナ禍が開けた2023年末ごろから、こうした考えが変わってきたという。
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ANA Xが不正トラフィックに取り組む理由
「自社以外の誰かが不正トラフィック対策を行うべき」という考えが変わってきたのは、コロナ禍が開けた最近のことだ。
コロナ禍では人の移動が制限されて、航空や旅行の需要は大きく落ち込んだ。数年間は広告出稿も大きく減らしていたが、コロナ収束以降、以前のような広告展開も再開されるようになった。
「ちょうどその時期にAIテクノロジーが日々急速に進化し、世の中にだんだんと浸透し始めたこともあり、『近い将来AIテクノロジーも不正手段に悪用されるかもしれない』と考えるようになりました。今後需要が伸びていくなか、不正も右肩上がりに増えると考え、本格的な対策を講じる必要性を感じたのです」と石井氏は打ち明ける。
外岡氏は「不正トラフィック対策は広告代理店やプラットフォーマー側がやるべき」という意見に対し、広告主の立場を理解しながらも「やはりプラットフォーマーだけでは対応しきれません」という実情を話す。
巧妙化が進んでいる今、もはや他人任せでは済まされない状況だという。実際にANA Xの石井氏も「最近では、想定外の変動など明らかに不正トラフィックだと感じることが増えてきました」と同意する。
そこで石井氏は、チェク・ジャパンのセキュリティ診断を受けることを決断した。セキュリティ診断は、チェク・ジャパンから発行されるタグをページに入れ、そのページの1つひとつのアクセスについて、人間の挙動なのかボットのような機械経由の動作なのかを瞬時に判断し、レポートするというものだ。今回は有償広告だけでなく、Webサイトにダイレクトに来たアクセスについてもセキュリティ診断を行ったという。

ANA Xが1%の不正も見逃さない理由
セキュリティ診断の実施期間は2週間だった。MarkeZine Day 2025 Springでは、その診断結果の一部である「ディスプレイ広告・検索広告における不正トラフィックの割合」が示された。いずれの広告媒体も、不正トラフィックは全体の1〜2%程度だ。外岡氏は「われわれの平均から比べると決して高い割合ではありません」と評価する。

石井氏は結果を見て「想定の範囲内」と納得すると同時に、「全体的に広告出稿量が多いので、いくら不正トラフィック率が低くても合算するとこのまま放置はできず、急ぎ対策が必要な大きな金額になると認識した」と振り返る。
ただ、セキュリティ診断の結果を見る時には1つ注意が必要だ。外岡氏は「人間以外のトラフィックがすべて不正トラフィックとは限りません」と説明する。
一般に、不正トラフィックを行う自動化ツールの発信元はデータセンターやVPNとなることが多い。だからといって、データセンターやVPNからのアクセスがすべて不正アクセスというわけではない。チェク・ジャパンでは「VPN経由のアクセスで、ほかの疑わしいシグナルが発生した時に『不正』と見なしている」という。
さらにいえば、不正の定義は企業によって異なる。たとえばドメスティックなビジネスを展開する事業者であれば、海外からのアクセスは不正トラフィックである可能性が高いが、ANAグループのようにグローバルな航空事業を営んでいる場合、海外=不正と一概には言い切れない。一律なルールで不正と決めつけた場合、かえってビジネスチャンスを逸することになりかねないため、チェク・ジャパンでは「お客様ごとの定義を決めて検証する」という。
また、近年の不正トラフィックでは、自動化ツール以外に「ヘッドレスブラウザ(外部ヘッドレス)」が増加しているという。ヘッドレスブラウザとはGUIを持たないため広告表示が不要で、短時間に大量の不正クリックを繰り返す悪質な手法だ。
「このように、一口に不正トラフィックといっても手段はさまざまで、日々新しいやり方が生まれています。私たちチェク・ジャパンでは、このような不正トラフィックに対抗するため、2,000以上の検知項目を日々更新し、多岐にわたる不正手段に対応しています」と外岡氏は話す。
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アドフラウド対策を導入したANA Xが今思うこと
チェク・ジャパンのセキュリティ診断を受けたANA Xは、早速不正トラフィック対策としてCHEQ Acquisitionの導入を決めた。導入の後押しになった点について、石井氏は次のように説明する。
「第一に、チェク・ジャパンが高い検知技術を持って日々研究に取り組んでいることです。ネット技術は日々進化しており、手段も変わっていくため、高い技術力がないと取り残されてしまう可能性があるからです。第二に、グローバルでの実績があること。こうした不正は海外から日本へと展開されるケースも多いため、グローバルのデータを持っていることが重要と考えました。最後に、月間約9,000億のトラフィックを監視し、最新の手法に対応できるという点がCHEQ Acquisition導入の決め手となりました」(石井氏)
CHEQ Acquisitionの導入のタイミングでは、不正トラフィック率が一時4%まで向上したものの、日を追うごとに数値は低くなっていき、現在は1%程度に収まっている。また、不正クリック率も導入前と比較し76%減少している。とはいえ、1日のうちに不正トラフィックが一気に発生する“山”は何回も訪れており、ゼロになることは絶対にない。

導入から1年が経ち、ANA XではCHEQ Acquisitionの効果についてどのように評価しているのだろうか。石井氏は「比較的短期間で改善効果が確認できて、その後も安定して1%程度にとどまっているなど、大きな効果を感じています」と話す。とはいえ、「対策は日々アップデートしないと、すぐに不正トラフィックが忍び寄るので、チェク・ジャパンさんとは常に連携して対策していきます」と常に危機感を抱いているという。
「結果として、もっと早く診断を受けて導入しておけば良かったと思っています。広告予算は各社それぞれ異なるので一概には言えませんが、私たちの場合は数%のトラフィックが不正トラフィックに侵されており、それなりの被害が出ていました。おそらくほとんどの企業でも同じ状況だと思うので、もし日頃から気になっているのなら、早めに診断・導入を検討したほうが良いと思います」(石井氏)
「AIエージェントからのアクセス」をどう扱うか
石井氏の総評を受けて、外岡氏も「不正アクセスを100%ブロックすることは難しいのですが、少なくしていくことで、本来得るべき広告成果を正常に戻し、マーケティング効果を最適化することに大きな意義はあります」とした。
「これまで多くの企業の方から依頼を受け、診断を行ってきましたが、不正トラフィックが0件だったという例はありません。まず現状を認識いただき、正しいマーケティング効果を実現できるように対策を検討いただければと思います」(外岡氏)
講演の最後に外岡氏が示したのが、今後社会にますますAIが浸透してきた時の影響だ。
AIの登場により、不正ボットや不正プログラムを作る技術的な障壁は驚くほど低くなった。国内でも、中高生がAIで企業にDDoS攻撃をしかけるなど、犯罪の低年齢化が進んでいる。この「やろうと思えばできてしまう」という環境が、企業にとってますます大きなリスクとなっている。
その一方、社会でのAI活用がますます発展してくれば、AIと人間を分け隔てることが逆にビジネスチャンスを奪うことにもなりかねない。たとえばAIエージェントが航空券やきっぷの予約を行うようになれば、「AIからのアクセス=不正」とは言い切れなくなる。そのためにも、不正トラフィックに関する技術的な知見やノウハウを持ったベンダーの協力は不可欠だ。広告主が投下した予算が正しく活用され、顧客と企業のコミュニケーションが活性化されれば、ビジネスは大きく成長するはずだ。
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