本記事は『マーケティング手法大全 トップマーケターを目指す人が知っておきたい12分野115種のメソッド』の「分野09 メーカーが顧客へ直接的に販売するマーケティング」と「分野11 事業者を顧客として事業者が実施するマーケティング」から抜粋したものです。掲載にあたって編集しています。
顧客に直接アプローチするダイレクトマーケティング

現代でも一般用語として使われるダイレクトマーケティングの語源は古く、1960年代、個々の顧客に直接、郵便や電話で製品やサービスを宣伝し販売する手法として確立しました。小売店のような中間業者を介さず顧客に直接アプローチするマーケティングであり、主に郵便による広告(ダイレクトメール)や電話を使ったテレマーケティングが中心でした。
この時代、企業は顧客の住所や購入履歴などの情報(紙ベースのデータ)を活用して、ターゲットに直接、製品情報のカタログ案内などのプロモーションを行っていたのです。
その後、ダイレクトマーケティングが示す範囲は広がり、現在では様々なデジタルメディアやツールも使用して、企業が顧客に直接コミュニケーションを図って製品やサービスを販売する手法として認知されています。歴史が長いため、この分野の知識も多く書籍などで体系化され、現代においても多くの知識が活用されています。
事例 アメリカン・エキスプレス(American Express)

ダイレクトマーケティングの活用事例としてアメリカン・エキスプレスが挙げられます。カード会員に対してパーソナライズされたオファーやプロモーションをEメールや郵便で直接送付し、特別な報酬プログラムや新しいサービスを紹介しています。
例えば、特定の顧客の過去の支出パターンや興味に基づいてカスタマイズしたクレジットカードのアップグレードオファーを提案することで、顧客のエンゲージメントを高め、ブランドへの利用継続を促進しています。
米国で発展した通販マーケティング

通販マーケティングはインターネットが普及する以前、19世紀末から20世紀初頭にかけて、米国でカタログによる注文販売として始まりました。
当時、大手小売チェーンであったシアーズやモンゴメリー・ワードなどの企業が先駆者として大規模なカタログを発行し、農村部や遠隔地に住む顧客に向けてカタログを送付して製品を紹介しました。顧客はカタログを参照して製品を選び、郵送か電話で注文するシステムで、家具から衣類、農業機械まで幅広い製品が扱われていました。
この方法は、米国という広大な国において、通信と交通の制約を克服し、より広い地域に製品を提供する手段として機能しました。このようなカタログ販売や通信販売のマーケティング知識は、郵便や電話を使った通販マーケティングを主流に蓄積されていきました。
現代では、広告から注文、配送までを一元管理し、カタログ、テレビ、インターネット、その他のメディアを通じて製品を直接顧客に広告宣伝し、販売しています。あわせて顧客の購入データを収集し分析することにより、よりパーソナライズされたマーケティングを展開しています。また、顧客との直接的な関係構築により、長期的なロイヤルティを育成する機会にもなっています。
事例 ディノス(Dinos)

通販マーケティングの活用事例として挙げるディノスは、DINOS CORPORATIONが展開するブランドで、特に家具やインテリアに強みを持ち、高品質な製品を提供しています。オンラインショップとカタログを併用し、幅広い年代の顧客にアプローチしています。
事例 ジャパネットたかた
通信販売会社のジャパネットたかたは、家電製品から健康器具まで幅広い製品を扱い、テレビやインターネット動画での独自のプレゼンテーションスタイルで知られています。積極的なデモンストレーションと製品の特長をわかりやすく説明することで、高い販売実績を上げています。
データを活用するECマーケティング

1990年代中頃にインターネットが普及すると、電子商取引(E-Commerce、EC)が登場しました。ECマーケティングは、ダイレクトマーケティングと通販マーケティングのノウハウの多くをデジタル化し、最適化したものです。
インターネットの発達により、顧客はオンラインプラットフォームを介して製品やサービスを直接購入できるようになりました。このプロセスでは、顧客データが扱いやすいデジタルデータとして収集され、パーソナライズされた広告や推奨製品の提供に活用されます。
アマゾン、eBay、楽天などの企業は、この新しいECマーケティングモデルを利用して、グローバルな顧客基盤を構築し、売上を飛躍的に伸ばしました。このようなデジタルアプローチは、従来の郵便注文カタログの原則をより迅速かつ広範に展開する手段となっています。
事例 楽天

楽天が運営する楽天市場は、セラー(楽天市場の出店企業)向けのマーケティングツールや広告プラットフォームである楽天マーケティングプラットフォーム(RMP)を提供し、セラーが自社の製品を効果的にプロモーションするための機能を提供しています。
楽天市場内での広告配信だけでなく、楽天会員IDによって収集した楽天経済圏のデータを使った顧客ターゲティングなども可能です。また、楽天ポイントプログラムを活用した顧客獲得やリピート購入を促進するための施策も展開しています。
メーカーが直接販売するDtoCマーケティング

DtoCマーケティングは、製品やサービスのメーカーが直接顧客に対して販売を行う手法です。単なる小売販売ではなく、メーカーとして製品の企画、開発から、マーケティング、顧客サービスまでの全プロセスをコントロールし、顧客に対してよりパーソナライズされた体験の提供を意図しています。
1990年代にインターネットが普及し、企業は中間業者を介さずに顧客とコミュニケーションを取って販売することが可能となった時点で、この名称は生まれていたようですが、結果として、小売と販売に特化したダイレクトマーケティング、通販マーケティング、ECマーケティングを基に発展しています。
事例 ドクターシーラボ(DR.CI:LABO)

ドクターシーラボは通販を主体とするスキンケアブランドで、特に敏感肌などの悩みを持つ肌向けの製品を開発しています。このブランドは、独自の技術である「アクアコラーゲンゲル」を主力製品としており、単一のスキンケア製品で複数のケアが可能なオールインワンゲルであることが特徴です。これらの製品を自社通販サイトを通じた直販で顧客に提供しており、皮膚科学に基づいたアプローチで高い評価を受けています。
事例 ワービー・パーカー(Warby Parker)
米国ニューヨーク発のワービー・パーカーは、アイウェア業界でDtoCモデルを成立させた代表例です。彼らはオンラインプラットフォームを通じて、直接顧客に手頃な価格のメガネを提供し、自宅で可能な無料試着サービスも組み合わせています。このモデルにより、中間マージンを大幅に削減し成功しています。
企業間取引で培われた産業マーケティング

産業マーケティングは、特に1970年代に学術研究として注目され始めた、企業間での製品やサービスの取引を対象としたマーケティング手法です。主に製造業者が他の企業に製品や部品を販売することに焦点を当てていました。この段階では、マーケティング活動は比較的単純で、大量生産された製品を市場に供給することが中心でした。
事例 ゼネラルエレクトリック(GE)

産業マーケティングの活用事例としてゼネラルエレクトリックが挙げられます。1950年代から1960年代にかけて、ゼネラルエレクトリックは産業設備と部品を他の製造業者に供給していました。当時のCEOは「健全で顧客志向の会社を追求するマーケティング思考」と「より効率的で将来を志向する事業を追求する分権化」を掲げました。
これらの理念の下で、ゼネラルエレクトリックは広告や直接営業を通じて、マーケティング手法を活用しながら、その高品質な製品を市場にアピールし、ブランドの信頼性を構築しました。
理論が洗練されていったビジネスマーケティング

1980年代以降、BtoB分野においても、市場のグローバル化と企業間競争の激化に伴い、マーケティング理論がより洗練されていきました。セグメンテーション、ターゲティング、ポジショニングといった概念がビジネスマーケットにも適用されるようになり、ビジネスマーケティングと呼ばれるようになりました。この時代には、企業は特定の業界や顧客ニーズに合わせて製品をカスタマイズしたセールスアプローチを取り入れ始めました。
事例 インテル(Intel)

1991年、インテルは「Intel Inside」キャンペーンの広告をウォール・ストリート・ジャーナル紙に掲載しました。このキャンペーンは、インテルの製品認知を劇的に向上させ、コンピュータ業界のマーケティングを根本的に変えたビジネスマーケティングの好例です。最終顧客に対して認知度を高めることで、PCメーカーに対する製品の採用を促進しました。
事例 シーメンス(Siemens)
ビジネスマーケティング事例としてシーメンスも挙げられます。1970年代から1980年代にかけて、シーメンスは工業用機械とシステムをグローバルに販売していました。特定の顧客ニーズに応じた製品やソリューション、アフターサービスを提供し始めました。これにより、顧客の個別の要求に対応し、より高い価値を提案しています。このような取り組みで、シーメンスは顧客との長期的な関係を構築し、グローバルで成功しています。
小売店向けのトレードマーケティング

トレードマーケティングの概念は1970年からありましたが、1980年代からP&Gなどの大手小売企業が小売店向けの営業活動において実践し始めました。小売業者との関係を強化し、自社製品の店頭での販売を促進するために導入されたのが発端です。これにより、陳列棚の位置やディスプレイ方法、プロモーション施策の共同展開など、具体的な戦術が導入されました。
1990年代には、小売店のPOSデータや消費者の購入データ分析を活用し、小売業者と協力してより効果的なマーケティングを展開しました。この時期に、P&Gは米国だけでなく世界的に、大手スーパーマーケットチェーンやドラッグストアと強力なパートナーシップを築きました。
事例 ネスレ(Nestle)

ネスレは、トレードマーケティングとして、小売店の棚割りや製品配置を最適化するためのデータを提供し、カテゴリーマネジメントをサポートしています。特に、各製品の売上データを分析し、最適な棚配置やプロモーション戦略を提案することで、小売店の売上向上を図ります。さらに、3つのBtoB向けサービスを展開しています。
(1)ネスカフェアンバサダーはオフィスでのコーヒー提供、(2)ネスカフェサテライトは、カフェや喫茶店へのメニュー導入、(3)カフェ・イン・ショップはスーパーマーケットのイートインコーナーでのコーヒー提供。このように、ネスレは多様な小売ニーズに対応しています。
デジタルにより発展したBtoBマーケティング

1990年代以降、インターネットとテクノロジーの急速な普及により、BtoBマーケティングが明確な分野として確立しました。BtoBマーケティングは、企業が他の企業を対象として製品やサービスを販売するためのマーケティングです。
顧客向けのBtoCと異なり、購入決定プロセスがより複雑で、高額な取引や長期にわたる関係構築が特徴的です。製品やサービスの専門性が高く、顧客との密接な関係や信頼の構築が重要視されます。
BtoBマーケティングの進化は、産業の変化、テクノロジーの発展、市場ニーズの複雑化とともにあります。BtoC分野を中心に発展してきた、分野1から7までのマーケティングの影響を受けながら進化しています。
1990年からは、関係を深めるためのCRMシステムが導入され始めました。2000年以降には、オンラインプラットフォームの台頭により、リードジェネレーション、コンテンツマーケティング、ソーシャルメディア活用が重要になりました。
その後、次項で解説するアカウントベースドマーケティング(ABM)など、特定の重要顧客に焦点を当てたマーケティングが登場し、パーソナライズされた手法が一般的になりました。顧客の生涯のライフサイクルにわたって価値を提案し、長期的な顧客関係を築くことが、BtoBマーケティングの主要な目標となっています。
このように、BtoBマーケティングは単なる製品の売り込みから、顧客との深い関係構築と維持にシフトしてきました。各時代の技術革新と市場の変動が、その進化を促し、BtoBマーケティングはより複雑で洗練され多様化しています。
事例 パナソニックコネクト(Panasonic Connect)

パナソニックコネクトは、特に製造業界に焦点を当てたBtoBマーケティング戦略を展開しています。例として、顧客に製造工程の自動化と効率化を支援するためのIoTソリューション「Gemba Process Innovation」を提供しています。
このプロジェクトでは、製造現場のデータをリアルタイムで分析し、運用の最適化を図ることができるソフトウェアやハードウェアのマーケティングを展開しています。このように、同社は顧客の具体的な課題解決を図りながら、深い業界知識とテクノロジーを活用したソリューションを提供しています。
事例 ミスミ(MISUMI)
BtoBマーケティングの活用事例として、ミスミが展開するMeviy事業が挙げられます。工業製品を必要とする企業に対して、カスタマイズ可能な部品を短納期で提供するという強みを前面に打ち出しています。
Meviyプラットフォームは、設計から発注までを一元管理できるシステムを提供し、エンジニアや購入担当者が容易に正確な部品を選定し購入できるようにサポートしています。この事業は、高度なカスタマイゼーションと効率的なサプライチェーン管理を通じて、顧客のニーズに応えることに重点を置いています。
特定企業に特化するアカウントベースドマーケティング(ABM)

ABMは、特定のターゲット企業や組織を個別の市場として捉え、その企業のニーズに合わせてカスタマイズしたマーケティングを展開する手法です。ABMはBtoBビジネスに特に有効で、高いROIを達成するために用いられます。セールスとマーケティングの活動が密に連携し、特定のクライアントやアカウントに対して一貫したメッセージングと施策を実施します。主な目的は、重要なアカウントに対するエンゲージメントを深め、長期的な顧客関係を築くことにあり、次のようなプロセスで進行します。
- アカウントの選定:市場調査やデータ分析を行い、最も価値のある顧客アカウントを特定する
- インサイトの獲得:特定したアカウントのビジネスニーズ、課題、関係者を理解するための詳細な調査を行う
- カスタマイズされた施策の策定:アカウントごとにカスタマイズされたコミュニケーションとマーケティング活動を計画する
- 実行と最適化:計画されたマーケティング活動を実行し、結果を分析して継続的に最適化を図る
事例 アドビ(Adobe)

アドビは、もともと「パッケージ型」の製品を販売していましたが、クラウドを通じた「サブスクリプション型」のサービス提供に切り替えました。
その1つとして、デジタルマーケティングツールのAdobe Experience Cloudを通じて、大手企業向けにもABMを展開しています。特定の大手顧客に対して、カスタマイズされたマーケティングキャンペーンを実施し、それぞれの企業のニーズに合わせたソリューションを提供しています。
この戦略によって顧客のエンゲージメントを深め、より高いROIを達成しています。