D2C黒字化のツボ、D2Cサブスクモデルとの根本的な違い
D2Cモデルと一口に言っても、その実態は様々だ。Warby Parkerの近年のD2Cビジネスは、消費財系のD2Cサブスクモデルとは根本的に異なる構造を持っている。
たとえば、2016年にユニリーバが10億ドルで買収した髭剃り系のD2Cブランド「Dollar Shave Club(DSC)」や、2019年にEdgewell(Schick親会社)が13億ドルで買収した「Harry's」は、サブスク型D2Cというビジネスモデルそのものが注目された例だ。しかし、サブスク型D2Cが長期的な収益基盤となったケースは多くない。
D2Cに注目が集まり始めた当初は、商品の定期自動配送による「継続性のある収益モデル」が特長とされていた。しかし、消費者側から「使い切れない」「想定よりも利用頻度が低かった」といった声が多く挙げられ、「利便性の押し付け」という逆風が生まれた。その後、事業者側も「都度購入」や「スキップ機能」など柔軟な選択肢を導入したが、それによって利益構造が劇的に改善された例はごく少数にとどまっている。
その点、Warby Parkerは、こうした表面的なサービスの変更ではなく、医療保険という別カテゴリ(後述:「重たい側のデータ」)でビジネスモデルの根幹を再設計した。
一般的に、メガネは約2年、コンタクトレンズは約1年ごとに買い替えや追加購入が必要な商材であり、さらに視力自体も変化していくため、視力検査のニーズは定期的に発生する。この定期的なニーズサイクルは、アイケア=医療領域における顧客との継続的なエンゲージメントの源泉となり得る。
Warby Parkerはこれを上手くD2Cビジネスに落とし込んだ。Warby Parkerの店舗に来ると、保険補助内でアイケアの検診を受けられる――サブスクではなく、継続的な保険を通じた医療サービス提供という本質的なLTV向上策への舵切りが、戦略のポイントだった。
「重たい側のデータ」とは
ここでもうひとつ、筆者がよく用いる概念を紹介する。
筆者は「重たい側のデータ」と「軽い側のデータ」という概念を使って、事業価値を考察することがある。「重たい側のデータ」とは、「医療・金融・保険・教育」の4分野におけるデータのこと。医療データであれば、人体のDNAや血液、内臓疾患などの個人(患者)が主体となって提供するデータを指す。
一方、「軽い側のデータ」とたとえるのは、GoogleやFacebookなどのCookie情報に代表される、マーケティング目的でユーザーを「推量」「追跡」するためのデータや、さらに推量を拡張させるためにサードパーティーから買い付けるデータを指す。
下の図は、ダークウェブ上で取引されている1人当たりのデータ単価の相場だ。

図表1 ダークウエブ上での個人データの相場参考(出典:2018 Trustwave Global Security Report)
(MarkeZine vol.78『水と油のごとく二分する「重い側/軽い側」のデータの価値』より)
「医療」データは1件約3万円、「金融」データも千円台であるのと比較して、マーケティング上での個人情報PII(Personal Identifiable Information)は約3円と、1万分の1もの開きがある。これは非公式の参考データだが、マクロ市場全体で俯瞰しても、米国の医療や金融・保険の産業は500兆円級とされる一方で、マーケティング・コミュニケーション(Advertisingを含む)の領域は30兆円規模という開きがある。
重たい側のデータは、価値が高い分、取り扱う際には複雑性や責任が増す。ただ、その分「新しい(重みのある)価値」を創造できる可能性もある。Warby Parkerに関しても、メガネのD2Cではなく、医療保険という重たい側のデータに着目し、ビジネスモデルの根幹を再設計した点がポイントだった。