D2Cから、ハイブリッドチャネル戦略への移行
NIKEはAmazonとの取引再開に加えて、スポーツ用品専門店の「Dick's Sporting Goods」や「Foot Locker」、さらにフランスの老舗百貨店「Printemps」など、複数の小売企業との取引関係の再構築にも動いている。
実は、こうしたD2Cからリテーラー回帰の動きは、NIKEに限ったことではない。D2C戦略を起点として成長してきた他ブランドでも同様の傾向が見られる。代表的な事例として、LululemonのZalando、GlossierのSephora、CasperのAmazon・Targetへの参入などが挙げられる。
「D2Cビジネス」と「D2Cブランド作り」の違い
かつて、「D2Cブランド」と言えば、先進さとクールさが漂っていた。しかし、D2Cとは本来、経営の目的でもブランドの本質でもなく、あくまで一つの手段であり、万能の解ではないことをここで再認識しておきたい。
「D2Cビジネス」と「D2Cブランド作り」は異なる。D2CブランドをCPG事業として立ち上げる際、前者の「商流や事業構造の手段(D2Cビジネス)」と、「資産作りの目標(D2Cネイティブな新ブランドを育てること)」を混同してしまい、闇の中に入るブランドは多い。

本来、「オムニチャネル戦略」は、D2C一本足打法を意味するものではなく、卸売チャネルとD2Cを組み合わせて、相互に補完しながら市場でのブランドのプレゼンスを最大化する考え方に基づく。NIKEは5年の試行錯誤を経て、この原点に立ち返り、D2C単独路線の拳を降ろした形だ。
ASINを軸にしたブランド構築と「三方よしID」の構造
NIKEによるAmazonへの再参入は、依然として“半歩遅れ”の印象を否めないものの、Amazon上で自社製品を独占的に販売できるオフィシャルベンダーとしての地位を復活させたその先には、「新たなプラットフォーム戦略」がある。その戦略の核となるのが「三方よしのID」だ。NIKEとAmazonはこれを起点に手を組んだとしよう。
「三方よしのID」とは、以下3つのIDが「相互許諾」にて連携・機能する筆者の造語である。
・商品ID:輸入品や再販品も含め、世界中のブランド同一商品を識別するID。偽造防止、トレーサビリティ、在庫管理などの機能
・ユーザーID:許諾のもとでプラットフォーム側が管理する消費者ID。LTV算出やパーソナライズの鍵
・販売者/製造者ID:ブランド自身なのか、サードパーティかを問わず、商品を販売・製造する主体を識別するID。流通チャネルの透明性確保やブランドの一貫性確保に不可欠
Amazonは、認証済みブランドオーナーが自社商品の価格からユーザーレビューまでをより一元的に管理できるよう、「ASIN(番号)」をはじめとしたブランド(品)登録制度の厳格化を先行して進めている。いわば「商品の戸籍ID」の厳格化だ。
たとえば、ブランドが自ら偽造品の出品を削除できる機能や、自動検知による保護機能を提供する「プロジェクト・ゼロ(Project Zero)」など、ブランド保護の取り組みを一段と進めている。NIKEがAmazonの最先端のブランド保護機能を活用し始めたことは、プラットフォームの基盤強化に向けた“共創の”一歩と言える。
上記3種のIDはAmazon内で閉鎖的に運用される(囲い込み)一方で、Amazonは「MCF(Multi-Channel Fulfillment)」を相互利用可能なインフラ基盤として開放した。Amazonの競合とも言えるWalmartに対してもMCF接続を開放し、「5%割引キャンペーン」でWalmart上の出品者を誘導している様子だ(下図)。

NIKEとAmazon、さらにWalmartやFoot Lockerなど異なる企業間においても互換性を持たせたシステム上で、相互接続・一元管理される構造が構築されつつある。
このような「三者一致(=三方よし)」の共通基盤を、筆者は「強靭な鍋底的インフラ」と呼んでいる。NIKE単独の自社D2Cでは薄いサプライチェーンで機能しないが、強靭な鍋底インフラは巨大テック企業が相互に磨いて成長させる経済価値を持つ。