言語化しにくい「ブランドらしさ」をAIに伝えるには
MZ:エージェント時代になると、企業や人間の役割はどこに移るとお考えですか。
阿部:汎用的なデータで学習したエージェントに、十分な活用価値はありません。人間の役割として重要なのは、独自データを学習したエージェントをいかに育てるかです。クリエイティブの観点では、ブランドルールやガイドラインはもちろん、言語化しにくい「ブランドらしさ」まで理解したエージェントを生み出せれば非常に便利ですよね。
たとえば、アドビがコカ・コーラ社と取り組んでいる「Project Fizzion」では、当社のPhotoshopやIllustratorにAIを組み込み、デザイナーの作業プロセスを見て、ブランドロゴの配置や配色といった細部のルールを学習させています。これにより、デザイナーが「こうあるべき」と考える基準をAIが理解し、誰が操作してもブランド品質を保てるようになるのです。言語化が難しいと言われてきたクリエイティブの世界だからこそ、アドビはツールを通じてAIに「らしさ」を教えていきたいと考えています。
どこまでいってもAIにデータや目標を与えるのは人間です。「このブランドを通じて何を体現したいのか?」をAIが決めることはできません。人間が目標を定義し、実現するためのフレームワークやデータを与えていくべきです。何十年もかけて一緒に伴走する中で、人間とAIはお互いにアップデートを重ね、成長していく関係になっていくのではないでしょうか。
「誰でも作れる民主化」から「ブランド通りに作れる民主化」へ
MZ:AI時代のガバナンスのあり方についてはどう考えられますか。
阿部:AIを安全かつ効果的に活用するためには、組織全体でガバナンスを構築することが不可欠です。経営層や現場だけでなく、法務、セキュリティ、システム部門までを巻き込み、AI活用の目的やリスク、メリットを共通認識として持つ必要があるでしょう。
MZ:「リスクがあるからやらない」のではなく、会社全体で許容範囲をあらかじめ決め、取り組んでいく体制ですね。
阿部:どんな施策もリスクは必ずあるはずです。しかし、挑戦しなければ利益や将来的な可能性は生まれないかもしれません。もはや、やらない判断のほうがリスクとすらいえます。事前にリスク許容度を自分たちで決めておき、失敗してしまった場合でもリスクとのバランスを適切に評価しながら、AI活用を前進させていくことが大切ですね。
MZ:最後に、今後の展望をお聞かせください。
阿部:これからは、「誰でも作れる民主化」から「ブランド通りに作れる民主化」が求められる時代に入っていくでしょう。その上で、現在は人間がリスクの許容度や統制の範囲を決めていますが、当社はそれをシステムに組み込み、人間が介在する手間を軽減できるような提案をしていきたいと考えています。
一方、アドビ1社だけでできることに限界があるのも事実。将来的には複数社のAIエージェントと協力し、エージェントエコシステムを構築して企業のマーケティング課題を解決していく「マルチエージェント」な世界観の実現を目指しています。
かつて、インターネット黎明期にはたくさんの人々が協力して新しい世界を創っていきました。それと同様に今、クリエイティビティあふれるおもしろい時代が訪れていると感じます。様々なステークホルダーと議論や検証を重ね、一緒に未来を創造していきたいですね。