顧客の本音は自社社員が知っている。社内横断的に進めるN1分析
関口:N1分析では、インタビューを録音し、その文字起こしを1行ずつ読み合わせていきます。「なぜ、このタイミングでこの言葉を出したのだろう」「繰り返し話すということは、よほど気にしているポイントなのかもしれない」など発言を細かく分析していくと、窓口経由では伝わらなかった顧客の心情が見えてくるんですよね。
緻密に掘り下げていくので、1時間のインタビューに対して、5倍から10倍の時間がかかることもあります。
田岡:それはすごいですね、分析はどのようなメンバーで行うのでしょうか?
関口:営業・マーケティング部門はもちろんのこと、カスタマーサポートやエンジニアなど、多様なメンバーに参加してもらいます。
カスタマーサポートやエンジニアは、トラブル対応に当たることも多いため、お客様が心を開きやすい存在です。ネガティブな本音も含めて、営業・マーケティング部門が持っていないような情報を持っていることも少なくありません。
実際、分析を進める途中で、カスタマーサポートやエンジニアから「このお客様は過去にこんなトラブルがあったので、この点をすごく気にされているのだと思います」など、マーケティング部門が知らない情報が出てくることが多々あります。
彼らは情報を持ってはいるものの、普段はそれを社内に展開する機会がないんですよね。N1分析の場で初めて提供してくれる情報がたくさんある。顧客の隠れた本音のうち半分ほどは、実は社内の人間が知っていると思っています。
顧客の「隠れた前提(課題)」を発見し、数十万のリードを獲得した例
田岡:関口さんのBtoBマーケティングでは、顧客の「隠れた前提」を発見することを重視しているそうですが、「隠れた前提」とはどのような概念でしょうか?
関口:「隠れた前提」とは、顧客が「困っている」自覚もなく、変えられない現実として受け入れてしまっている課題のことです。問題として認識されていない問題、と言い換えることができるかもしれません。
たとえば、過去職の部品を扱うメーカーでデジタルマーケティングの責任者を務めていた時、「UI/UXの改善」をテーマにしたリード獲得コンテンツを作るために、顧客インタビューを行いました。その時、本題前のアイスブレイクである方が「最近、単純作業に追われるばかりで仕事がつまらなくなってしまって……」と愚痴をこぼされたんですよ。その方はPCのボード設計者だったのですが、気になったので詳しく聞いてみると、年間50回以上ある試作の作業に追われて疲弊しているとのことでした。
そこで「もし試作を1回でも減らせるなら、高い部品でも買おうと思いますか」と質問すると「買うと思います」と。マーケターとして顧客層のニーズはある程度把握していたつもりでしたが、「試作を減らしたい」という声を聞いたのは初めてでした。

田岡:試作に追われる状況が、顧客にとっての「隠れた前提」だったのですね。私もまず顧客の潜在課題、すなわち顧客があきらめている課題、言語化できない課題を捉えるのが重要だとよく話しており、まさに同じ概念だと感じました。実際、その後どのように展開されたのでしょうか。
関口:これは以前どこかでお話された話でもあるのですが、その後4人の顧客にインタビューを続けたところ、ほかの方も同じような課題感を持っていることがわかりました。そこで、当初予定していたUI/UXではなく、試作を減らすためのアイデアに方向性を切り替えて、インタビューを進めました。
得られた知見をもとに「試作回数を減らすためのサイト」としてリニューアルし、ユーザーフォーラムなどのコンテンツも設けたところ、この隠れた前提から、グローバルに何十万件という期待を超えるリード獲得につながったんです。
田岡:「試作に追われていませんか?」というキーワードが顧客の心に刺さったのですね。独自価値を伝える際にも、シンプルなキーワードやインパクトあるビジュアルを通じて、いかに顧客の頭の中に独自価値に対するイメージを作るか、というポイントがとても重要です。
マーケティングで成功した事例を紐解いてみると、独自価値を見つけるだけでなく、顧客視点&驚くほどわかりやすいシンプルなキーワードとビジュアルで、イメージを作れているケースが多いです。
関口:無形商材のマーケティングには、顧客が脳内で効果をイメージしにくいという難しさが伴います。顧客の隠れた前提を把握して、わかりやすいキーワードで自社製品の価値を伝えることが重要だと感じた体験でした。