MMMは“健康診断”──社内の浸透と運用の工夫
MMMは可視化のための強力な手法である一方、それ自体がパフォーマンスを向上させるものではない。結果の受け止めやそれを踏まえたアクション、運用体制の構築・維持がカギとなる。MMMで可視化した結果を社内でどのように活かしてきたかについて、薮内氏は「デジタルを使うべきだという共通認識が生まれた」と語る。
「スマートフォンの普及でデジタル広告の効果は体感されていましたが、MMMによる裏付けが説得力を与え、経営層やフランチャイズのオーナーにも受け入れられやすくなりました。特に関西地域では、MMMの結果から『テレビCMの量は決して過剰ではない』という理解が広がり、一定量を維持しつつデジタルを強化するという合意形成がスムーズに進みました」(薮内氏)
また、運用体制の構築について、金子氏は「データ収集の効率化が大きなテーマだった」と明かす。従来は人手によるデータ集計で不具合も多かったが、調査会社や代理店の協力を得て、定常的にデータを蓄積する仕組みを構築。これにより労力を削減するとともに、データ品質の安定化が実現した。
この他、マーケターの理解促進を目的に、MMMの基礎や結果の見方を学ぶ社内勉強会を定期的に実施。シミュレーションの活用についても「必要なタイミングだけ」に絞り、過剰に分析に依存しない運用を徹底している。
こうした活用姿勢について松本氏は、「MMMは年に一度の健康診断のようなもの」と言い表した。つい「追加の検査も」と欲張りがちになるものの、必要な部分だけに焦点を当てる姿勢こそが、継続的な運用を可能にする。

課題解決の強力な武器となり得るMMM。ただし「測りすぎ」に要注意
セッションの最後には、MMMの導入を検討しているマーケターへのアドバイスも。薮内氏によれば、MMMの価値は「オンラインとオフラインを統合し、変化に柔軟に対応できる点にある」。その一方で、明確な課題意識に基づき導入することが最も重要となる。
「何が課題で、何をしなければいけないのかが明確になっていればいるほどMMMは効果を発揮できます。逆に不明瞭のまま使って結果を見ても、必要性が実感できないかもしれません」(薮内氏)
また、MMMはコストや準備の負担が大きく、導入にはマネジメント層の理解を得る必要がある。薮内氏自身も決裁を取る過程で苦労したものの、「ここがマーケターの腕の見せ所」と、上司やチームの理解を得ながら地道に前に進んでいった。
金子氏もまた、MMMは担当者だけで推進しようとしてもなかなか上手くいかず、上層部と現場、双方の理解が不可欠という見解を示した。現場の理解を得るために、時には上層部から他のブランドの実践の様子を伝えてもらい、それを良いプレッシャーとしながら協力を仰ぐこともあるそうだ。金子氏は改めて、データの見方に注意することがMMMを活用するコツであると呼びかけた。
「MMMの結果を過信しすぎるのは危険です。当社の場合、コミュニケーションだけで売り上げが大きく動くことは想定しにくいため、MMMの数字のみで判断することは避けています。担当者の日々の感覚や他の調査と照らし合わせて確認したり、意見の裏付けに使ったりする位置付けが望ましいのではないでしょうか」(金子氏)
両氏のコメントを受け、モデレーターの松本氏は「測りすぎてはいけない」というフレーズを紹介しながら、MMM活用の勘所を語った。
「分析を行う側からすると、厳密さや欠落データの有無がどうしても気になりますが、事業会社で結果を出すために重要なのは『大きな傾向を捉えること』や『大きな変化がないならそれで良い』と割り切る姿勢です」(松本氏)
最後に松本氏は「厳密さにとらわれすぎるのではなく、数字を大きな指針として活用することこそがMMMの本質と言えるでしょう」と総括し、セッションを締めくくった。
