【4つの事例に学ぶ】価値が揺らぐ時代のブランド生存戦略
ブランドの価値が揺らぐ時代に、どのようにすれば「選ばれ続ける存在」でいられるのか。ここでは、日常消費財から高価格帯の耐久財まで、様々な商材をいくつかのカテゴリに分け、それぞれのブランドがどのような戦略を打ち出しているのかを見ていく。具体的には、「王道・定番」「老舗・個性」「トレンド」「新定番」の4つの枠組みに整理し、代表的なブランド事例を通じて成功のパターンと課題を考察する。
それぞれのカテゴリには、次のような共通課題が想定される。
- 王道・定番:トレンドの変化により、長年築いたブランド価値が徐々に低下するリスク
- 老舗・個性:特定のターゲット層に依存するがゆえに、市場の縮小に直面する課題
- トレンド:一時的な流行に終わりやすく、継続的な支持を獲得しにくい弱点
- 新定番:定番化する過程で“新しさ”が薄れ、鮮度を失ってしまう危険性
こうした課題を踏まえたうえで、各ブランドがどのように打ち手を講じ、どのように成果をあげているのかを具体的に見ていく。

出所:NRI Insight Signal調査(Web調査、2025/3)
メリット ― 王道・定番の再定義
シャンプー市場で長年「弱酸性」という機能訴求を続けてきたメリット。しかし、同様に機能的価値を謳うブランドが増え、さらに消費者の購買基準が「品質保証」から「自分に合うかどうか」へ移行するなかで、その強みは差別化要因としての力を失いつつあったとみられる。そうした背景もあり、ブランドは単なる機能訴求を超えて「家族の安心感」という情緒的価値を前面に打ち出す方向へ舵を切った。日常の何気ないひとときをイラストで描く「家族と愛とメリット」シリーズの展開は子あり層を中心に共感を集め、結果的に「弱酸性シャンプー」から「家族の清潔と愛情を守る存在」へと再定義する動きにつながっている。
トヨタ クラウン ― 老舗・個性の大胆刷新
トヨタのクラウンは、長年にわたり「高級セダンの象徴」として中高年層を中心に支持を集めてきた。しかし主要顧客の高齢化が進み、需要の先細りが懸念されるなかで、ブランドを存続させるには若い世代を取り込むことが不可欠だ。そこでクラウンは従来のマイナーチェンジにとどまらず、デザインを大幅にスポーティに刷新。さらにセダンだけでなくSUVやクロスオーバーなど、ライフスタイルに応じて選べる4種類のモデルを同時に展開した。従来のイメージを維持しつつ若年層にも手を伸ばす大胆なリブランディングが進み、調査でも若年層から高い評価を得られていた。

出所:NRI Insight Signal調査(Web調査、2025/3)
Swatch(スウォッチ) ― トレンドを生かした共創戦略
スウォッチは1980年代から「手頃な価格で楽しめるファッションウォッチ」として人気を博してきたが、近年はApple Watchをはじめとするスマートウォッチの台頭に押され、存在感が薄れつつあったとみられる。そうした状況で打ち出されたのが、老舗高級時計ブランドとの大胆な共創戦略である。OMEGAとのコラボレーション「ムーンスウォッチ」は発売と同時に世界的な話題となり、行列や転売が起こるほどの熱狂を呼んだ。またMoMAとのアートコラボレーションなど、時計を“身につけるアート”として提案する試みも展開されている。こうした動きによって、スウォッチは「低価格ウォッチ」という枠を超え、「トレンドを仕掛けるカルチャーブランド」としての新たな地位を確立しつつあり、調査でも高世帯収入層からの支持を得られていた。
クラフトボス 世界のTEA ― 新定番の鮮度維持
クラフトボスはコーヒーの新しい飲み方を提示して成長してきた。そして、次の一手として注目したのが拡大する「ティー市場」だ。新たな「世界のTEA」シリーズは、“カフェで飲むようなアレンジティーを手軽に”というコンセプトで登場し、既存のペットボトル紅茶とは異なるポジションを築いている。
一方で、クラフトボスの存在が日常に根付くにつれ、「常に新しさを打ち出す」ことは容易ではない。そこで同ブランドはテレビCMに松たか子、杉咲花、河合優実、伊藤沙莉といった世代を超えて支持されるタレントを起用し、幅広い世代への訴求を図っている。調査結果からも、お茶・紅茶ブランドの他施策に比べ、年代を問わず高い好感度や購入意向が確認された。こうした取り組みにより、クラフトボスはブランドの鮮度と話題性を維持し、コーヒー以外の柱を確立。さらに、コンビニ等のプライベートブランドとの差別化にもつなげている。

出所:NRI Insight Signal調査(Web調査、2025/3)
ブランドは再定義を繰り返すしかない
「ブランドだから選ばれる」時代は終わった。これからは「ブランドを選びたくなる理由」を提示し続けることが、生き残りの条件である。
- 王道・定番:ブランドに“品質”を求めない時代だからこそ、情緒軸を強化し、昔からの価値を再定義する
- 老舗・個性:“多様化する好き”に対応し、大きな刷新と選択肢の拡張で”新しい誰かの納得”をとりにいく
- トレンド:他ブランドとの共創で特別感や希少性を演出。白地のターゲットを取り込み、ファンを増やす
- 新定番:“ブランドじゃなくてもいい”時代に、あえてブランドが選ばれる理由を作る。プライベートブランド等と競合しないジャンル進出、旬のタレント起用で新しさ・共感を醸成
ここで示したのは、あくまで代表的な戦略の一例にすぎない。ブランドの歴史や市場環境、ターゲットの変化に応じて取りうる打ち手は多様である。しかし共通するのは、盤石に見えたブランドの概念そのものが揺らいでいるという事実だ。だからこそブランドは「変化を前提に再定義し続ける」ことが、選ばれる唯一の道なのである。自社のブランドは今、顧客にとってどのような「基準」となっているのか。まずは、その問いから始めてみてはいかがだろうか。
本稿は、野村総合研究所(NRI)が定期開催している「消費者マーケティングデータ研究会」の第38回にて紹介した内容をダイジェストとしてまとめたものです。「消費者マーケティングデータ研究会」の次回開催情報はこちらから。