今後のECに求められるのは収益性の追求
ラウンドテーブルの中では、「TSIに見るEC変革と事業構造変革」と題したパネルディスカッションが行われた。TISがモデレーターとなり、ECの先進的企業として注目しているTSIをゲストに迎え、同社のEC変革について深掘りした。
パネルディスカッションの冒頭、TISの渡辺啓之氏はEC事業の現状とこれから求められることについて解説した。まず、今後のECは売上の拡大だけを追い求めるのではなく、いかに収益性を高めるかが問われる時代に突入しているという。
渡辺氏は、その背景には社会のありとあらゆる変化に企業が対応するため、より一層のコストが必要になっている現状を指摘し、この経営環境下で、企業は事業構造をより筋肉質にしていく必要性を訴えた。

特にアパレル業界は、ここ10年の売上高・営業利益率の推移を見ると、他業界に比べてともに苦戦している企業が多いのが現実である。近年は売上高こそ回復基調にあるものの、市場規模は2030年にはコロナ禍で最も落ち込んだ規模にまで縮小するという予測もあり、これまでの売上偏重のKPIから、効率性や収益性を重視した経営への転換が喫緊の課題となっていると分析した。
EC事業は、実店舗に比べてコスト効率が良く変動費型の事業であるため、企業の収益性を高めるための重要な「レバー」となり得る。しかし、TISが実施したアンケート結果によれば、多くの企業が「自社ECで利益を出せない」「利益率が想定より低い」といった課題を抱えている。
EC化率などの売上偏重のKPIだけでなく、EC全体のP/Lを可視化し、どこにコストをかけるべきか、どこを削減すべきかを戦略的に見極めることが、収益改善の鍵を握るという考えだ。
課題が山積していたTSIのEC事業
ここまでの渡辺氏が語った現状を踏まえ、EC事業を展開する企業はどのような変革を遂げているのだろうか。ここでゲストとしてTSIの岸武洋氏が登壇し、同社のEC変革について語った。
国内アパレル大手であるTSIは、多くのブランドを傘下に持ち、コロナ禍を経てEC売上も大きく成長している。しかし、売上高1,566億円に対し、営業利益が16.3億円という低い営業利益率が経営課題となっていた。
その背景には「吸収合併を繰り返した結果生まれた、複雑な事業構造がある」と岸氏は説明する。
「縦割りの組織で、ブランドごとにデザインや販売ルールがバラバラでした。ECサイトもピーク時には31サイトあり、それぞれに運用チームが存在しました。これをまとめていき、収益構造を改革することが必要でした」(岸氏)

EC事業の売上高の成長が鈍化する一方で、組織の肥大化(EC事業に関わる人員が200名以上)による販管費が増加。さらに、複雑化したシステムはスパゲッティ状態(要素や処理が長く絡み合って複雑に整理されていない状態)と化し、フロント側の機能改修が困難になっていた。これらの課題を解決するため、収益性の高いECを実現するため、TSIはECの抜本的なリニューアルを決断したのだ。
ECに課せられた5億円の収益改善、実現に向けた9つの施策とは?
TSIがECリニューアルで目指したのは、売上回復に加え、EC統合とシステム刷新によって5億円の収益改善を実現することであった。11ヵ月という短期間でこの目標を達成するために、TSIはShopifyへの移行やアプリの統合など、9つの施策に取り組んだ。
中でも、9つに分かれていたメンバーズサービスを1つに統合する際には、ブランドごとに顧客層や単価、ランクテーブルが全く異なる中で「相当大変だった」という。TSIは年代ごとに幅広いブランドを抱えており、上位顧客のサービス条件を下げ、新規顧客が入りやすい条件へと再設計した。
この大規模プロジェクトを遅延なくローンチできた要因として、岸氏は「徹底したスケジュール管理」と「ゴール視点での計画修正」、そして「実行力の高いパートナー選定」の3点を挙げた。
特にPMO(プロジェクトマネジメントオフィス)を外部に委託し、スケジュールを厳格に管理したことが大きかったという。また、Shopifyはサービスの追加やデザイン調整が容易なため、「ローンチの前日にもサイトを改修した」と、アジャイル開発の柔軟性を活かせた点を強調した。サイトはローンチ後も改善を続け、一度も停止することなく稼働している。
結果として、収益改善に関しては目標の5億円を削減できた。
効率化から創造まで、AI活用の可能性
続いて、渡辺氏と岸氏は今後のEC収益を高めるカギとなるAIについて議論した。EC事業におけるAI活用は、単なる業務効率化に留まらない。TISでは、AIが「付加価値の向上」「オペレーションの効率化」「データ駆動型の意思決定」の3つの領域に活用が進んでいくと予測している。TISが実施したアンケートでも、AIに期待する役割として「業務効率化」が最も多かった。
TSIも、画像生成AIを活用したコーディネート画像の生成に取り組んでおり、「気に入ったコーデを選んでもらい、類似の販売商品を当てていく仕組み」は、ECサイトにおける回遊性やクロスセルを高める狙いがあるという。
さらに興味深いのは、上流の戦略・企画領域におけるAI活用だ。「NAVYNAVY」という取り組みでは、1名のディレクターと22名のAIエージェントが共創し、ブランドを立ち上げている。AIは高い精度でクリエイティブやペルソナを生成し、人のクリエイティビティを拡張する可能性を示す事例となりそうだ。
岸氏は「もう誰でもデザインができる時代になっている」とし、AIがデザインを担う時代になれば、人の役割は「売る力」へとシフトしていくと予測した。
パネルディスカッションでは、Shopifyに標準搭載されたAI機能「Sidekick」のデモも行われた。ユーザーがプロンプトで指示を出すだけで、「9月に注文した顧客」といった特定のセグメントを自動で作成し、そのセグメントに向けたキャンペーン名やメール本文を生成する。さらに、割引設定まで自動で行うことが可能である。これにはTISの渡辺氏も驚きを隠せない様子であった。
データ活用は3層構造化と低コスト施策がカギ
ECの高度化には、データ活用が欠かせない。パネルディスカッションの中では、TSIのデータ活用の取り組みについても明らかになった。
TSIは、蓄積されたデータを「データレイク」「DWH」「CDP」という3層構造で整理し、データ管理コストを削減したという。これにより、ブランドを横断したデータ分析も可能になった。
TSIはまずこの環境を活かしながら、メールやポップアップなど「コストが低いチャネル」からデータ活用施策を始め、成果が見込める広告やLINEなどの高コストチャネルへと転用していくことを目指している。TSIは、Treasure DataやKARTEといった外部サービスとも連携し、新規顧客へのアプローチや、リアルタイムのポップアップ表示など、チャネル最適化を図っているという。
一方、TSIはデータ活用の課題として、「人材育成」と「経営層への説明」を挙げた。「施策ベースでデータを触る人材はいるが、経営の中心には入り込めていない」という現状を吐露し、投資額が大きいゆえに経営層への説明が難しいという課題も指摘した。
これに対し、TISの渡辺氏はデータ活用の未来として「過去の分析から未来の予測」へシフトする必要性を説く。従来のBI(ビジネスインテリジェンス)では「過去に何が起きたか」を分析することしかできなかったが、AIを活用することで、需要予測やマーケティング効果予測などを行い、その予測に基づいて施策を自動化する「予測型マーケティング」の実現が、マーケティング成熟度の高い企業には求められると語った。
AIによって「100万人に100万通りのアプローチ」の現実度が高まり、本格的な1to1マーケティングの時代が到来するという。
TSIとTIS、それぞれが描くECの未来
ECサイト統合という大きな変革を成し遂げたTSIは、今後、海外戦略とサプライチェーンの見直しを重要課題として挙げた。「シンプルに越境ECをやっただけでは売れない」とし、インバウンドや現地でのOMOをセットで進めていく考えを示した。
また、店舗やECで売れていない在庫が倉庫に山積みになっているというアパレル特有の在庫問題の解消にも、サプライチェーン全体の見直しで取り組んでいくという。TSIは「常にECに置いている状態にしたい」と語り、在庫管理の抜本的な改革を進める姿勢を見せた。
さらに、今後の人材についても言及。AIによるマーケティング業務の効率化が進むにつれて、「人の販売力」がより重要になってくると岸氏は予測。AIでは代替できない、顧客とのコミュニケーションやブランドの世界観を伝える力が求められる時代になるだろうと語った。今回のECリニューアルで目標の収益改善を達成したTSIは、さらに最適化と効率化を推進し、組織や人材の役割を柔軟に変えていく必要があると語り、セッションを締めくくった。
最後に、TISはこれまでの「要件定義起点の請負開発モデル」から脱却し、「未来志向の価値創造」を行う企業への変革を表明した。その一環として、コマースの未来をストーリー仕立てで描いた「MARKETING CANVAS」をリニューアル。
ShopifyなどのECソリューション、Databricksのようなデータ基盤、EC基幹システムまでをトータルで提供し、コンサルティングから施策支援まで伴走する姿勢をアピールした。事業者とのPoC(概念実証)を積極的に推進し、未来のコマースを共に創り上げていきたいというメッセージを伝えた。

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TISは「MARKETING CANVAS」を通じて、EC基盤からデータ活用まで幅広く支援し、共に未来のコマースを創り上げています。詳しくは公式サイトをご覧ください。
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