内発的動機に火を灯す方法
──トリドールは2025年9月に「心的資本経営」という独自の経営思想を発表されました。これがどのようなものか説明いただけますか?
南雲:昨今のトレンドでもある人的資本経営を、トリドールなりに一歩深めた新しい経営思想です。
南雲:人のスキルや知識などを資本と捉える人的資本経営に対し、心的資本経営では人の心を資本と捉え、従業員のハピネスとお客様の感動を意味する「ハピカン」を最大化して繁盛につなげます。
──黒田さんは、著者として参加されたコミューンの書籍『コミュニティ経営の教科書 顧客・従業員とのつながりが競争優位となる新時代の事業戦略』の中で「従業員と企業のつながりが競争力向上の鍵になる」と書かれていました。その理由を詳しくうかがえますか?
黒田:「ビジョンの浸透」「エンゲージメントの向上」「イノベーションの推進」という三つの観点から理由をご説明します。
黒田:ビジョンを浸透させるにあたり、トップダウンの発信はもちろん重要です。しかし、それだけでは従業員の“自分ごと化”を十分に促せません。経営者も含めて従業員同士が積極的にコミュニケーションを図ることで、従業員が自身の言葉でビジョンを説明できるようになり、ビジョンに対する納得感が生まれます。この納得感が実際のアクションにつながり、事業の改善に資する大きな競争優位性となるのです。
部署や役職を問わないフラットなコミュニケーションは、組織の心理的安全性も高めます。自身の発言がほかの従業員の困りごとを解決する場面が増え、その発言に対する反応が得られると自己効力感も育まれます。従業員のエンゲージメントは自ずと向上し、部門間のコラボレーションからイノベーションも生まれやすくなるのです。
南雲:心的資本経営のテーマは「内発的な動機に火を灯す」です。売上が予測を下回るときは、往々にして従業員のやる気に火が点いていません。動機に火を灯す方法の一つに、インセンティブを用いたインナーキャンペーンがあります。要は従業員同士を競わせることでやる気に火を点けるのです。この方法は確かに短期的には有効ですが、何度もやると効果が目減りします。より持続可能なアプローチとして、社内コミュニティに着目しました。
セクショナリズムが課題だった
──社内コミュニケーションの手段は社内報、メール、朝礼など様々ありますが、それらと社内コミュニティの違いはどのような点にあるのでしょうか?
黒田:社内コミュニティとは、企業の従業員が所属するオンライン/リアルの場を指します。社内報やメール、朝礼が一方的な発信であるのに対し、社内コミュニティは発信の双方向性に特徴があります。
たとえば、コミュニティでハピカンに対する解釈を誰かが発信したとしましょう。「ハピカンとはこういうものだ」という誰かの解釈に「私はこう考えます」「共感しました」などの反応が寄せられるうち、皆が自分の言葉でハピカンを解釈するようになります。トップの発信した言葉がお題目になりにくい点もコミュニティの特徴と言えます。
──トリドールでは2024年7月から、社内コミュニティを活用した社内コミュニケーションの改革に取り組んでいらっしゃるそうですね。改革前はどのような課題がありましたか?
成宮:ホールディングス経営の企業に共通する課題かもしれませんが、コミュニケーションが各事業会社に閉じてしまっていました。
成宮:丸亀製麺やコナズ珈琲など、自身が所属するブランドへの帰属意識とプロ意識の高さゆえ「うちのブランドが一番すごい」「横のブランドには負けない」という気持ちが強く、セクショナリズムが進んでいたのです。ホールディングスと各事業会社の間にも見えない壁が存在し、グループ一体経営が実現できているとは言えない状態でした。
南雲:グループ横断で従業員同士がカジュアルに交流できる場をオンライン上につくるべく、様々なパートナー企業に相談しました。我々が提示する要件を満たすパートナー企業となかなか出会えなかったのですが、最後に相談したコミューンさんになら叶えてもらえそうだと感じ、支援を依頼しました。
数多くの「いいね」を送った従業員に表彰状
──トリドールが開発した社内コミュニケーションアプリ「ハピ→カン!コミュニティ」がどのようなものか、紹介いただけますか?
成宮:全国に点在するトリドールグループの仲間たちが「何をしているのか」「どのような気持ちで仕事に打ち込んでいるのか」「お店の中でどのような役割を担っているのか」をいつでもどこでも見られるアプリです。

成宮:アプリの参加対象は正社員だけでなく、アルバイトスタッフを含めた全従業員です。顔も知らない他店の従業員の発信に対し「いいね」や「あるある」などの共感はもちろん、賞賛のリアクションも自然と生まれるように工夫を重ねています。
──トリドールでは、ハピカンの浸透を担う専門部署が社内コミュニティを運営しています。企業規模や組織体制によるとは思いますが、どこが旗振り役となって社内コミュニティの取り組みを推進すべきなのでしょうか?
髙原:私たちがご支援している企業のうち、約半分が経営企画部門の主導で社内コミュニティを運営しています。コーポレートコミュニケーションや広報などを司る部門が主導するケースもあります。
髙原:社内コミュニティの運営と聞くと、和気あいあいとした雰囲気を想像されるかもしれませんが、実際は社内システムとの連携や既存制度との連動、各部署への説明、企画立案、データ分析など、旗振り役に多面的な力が求められます。
黒田:特定の事業部だけでスモールスタートすると、社内の認知や協力の輪を広げにくいため、あまりうまくいきません。コミュニティの運営に興味のあるメンバーを各部署から一人ずつ募り、その人たちを起点に全社を巻き込む形はうまくいきやすいです。
──ハピ→カン!コミュニティで特に反応が良かったコンテンツを紹介いただけますか?
上岡:髙原さんから提案していただいた表彰企画の反応が非常に良かったです。
上岡:仲間の投稿に数多く「いいね」を送ったアルバイトスタッフを表彰する企画で、毎月3名の方をハピカン推進部で選出しています。メッセージを添えた表彰状を私が作成してお送りしているのですが、これが思った以上に喜んでいただけて。受賞者の喜びの投稿を受けて「私も表彰状が欲しい」「次は頑張る」という前向きな循環が生まれています。
また、仲間のハピネスに寄与するアクションを起こした人や、お客様の感動体験を生み出すアクションを起こした人の投稿をピックアップして、月に一度紹介する取り組みも反応が良いです。
ログイン率トップは社長!社員のアクティブ率は8割超え
──ハピ→カン!コミュニティの取り組みにおいて、コミューンが果たしている役割を教えてください。
髙原:当社のオールインワン型コミュニケーションプラットフォーム「Commune for Work」を導入いただきました。私自身は運営チームの一員のつもりで、あらゆる取り組みに関わらせていただいています。アプリのローンチ前は、ほかのパートナー企業を巻き込んでコンセプトデザインを一から作りました。一般的な業務アプリのようなデザインではハピカンの雰囲気を表現できませんから、楽しくコミュニケーションをしていただけるデザインが不可欠です。

髙原:アプリのローンチ後は、主にデータ分析のお手伝いをしています。事業会社別の参加率や投稿の伸び方、人気コンテンツの共通項などが分析対象です。
成宮:デザインの自由度の高さは非常に魅力的でした。ほかのパートナー企業に話を聞くと、既存のデザインテンプレートから選ぶことしかできなかったんです。コミューンさんは、直感的に操作できるUI/UXやハピカンの思想が伝わる設計を一緒に考えてくださいました。
黒田:日常的に触れてもらうことで、自社の思想や文化の内面化を促せる点がアプリの強みですから、ハピカンの世界観を設計に反映させることは非常に有効だと感じます。
──社内コミュニティを導入されてから約一年が経ちましたが、現時点でどのような変化や成果が見られていますか?
成宮:導入当初は「続けられるのか」という不安も正直ありましたが、今では社長日記の投稿に対するリアクションが平均500件、従業員による投稿・コメントは月間4,000件を超えています。
社員のアクティブ率は8割を超え、4月から参加が始まったアルバイトのアクティブユーザーも毎月増えています。全社的に“つながる文化”が根づいてきました。ちなみに、ログイン率が最も高いメンバーは社長の粟田です。
髙原:この規模の企業では類を見ないほど高いアクティブ率です。
上岡:課題であったセクショナリズムが解消され、事業会社間の隔たりを超えたコミュニケーションが実現できています。北は北海道から南は沖縄まで、接点がなかった人たちのつながりも生まれています。
これまでは、同じエリア内で働いていても、違う店舗のスタッフ同士が交流する機会はほとんどありませんでした。そのため、近隣店舗のシフトにヘルプで入るとよそよそしさを感じてしまう人もいたようです。ところが最近はアプリを通じて他店舗のスタッフがつながり、ヘルプで出勤した店舗のスタッフから「ハピ→カン!コミュニティで投稿している人だよね」と声をかけられて、円滑に勤務できた例もありました。
南雲:顧客満足度や従業員のエンゲージメントスコアにも好影響が出ています。たとえば、顧客ロイヤルティを測る指標「NPSスコア」は、社内コミュニティ開始後の約1年間で約125%向上しました。社内コミュニケーションの活性化が従業員体験(EX)を高め、結果的に顧客の感動体験(CX)につながったことをデータが裏付けています。
社内コミュニティの効果を示すKPI設定の極意
──心的資本経営では「従業員体験の向上を顧客ロイヤルティの向上やお店の繁盛につなげる」とのことですが、どのようにしてそれらの相関を測っていますか?
南雲:2025年9月に、従業員の幸福度を可視化する独自指標「ハピネススコア」を導入しました。

南雲:生成AIを活用した音声対話型のソリューションで従業員にインタビューを行い、ヒアリングした内容を基にハピネススコアを算出しています。その上で、データサイエンスの会社と協力しながらハピネススコアと感動スコア、そして業績の相関関係・因果関係を明らかにしています。
──社内コミュニティの効果は定量化が難しい印象です。トリドールほどデータサイエンスが進んでいない企業の場合、どのようなKPIを設定すれば良いのでしょうか?
黒田:「社内コミュニティの盛り上がり」と「成果への貢献」という二つの観点でKPIを設定することをおすすめします。成果に目を向けすぎるとコミュニティが機能不全に陥ってしまうため、まずはアクティブ率や投稿数などの指標を用いて「盛り上がっているかどうか」を測ることが大切です。
「盛り上がってはいるけど成果にはつながっていない」という理由で、社内コミュニティへの投資を切られたり人員を削減されたりするケースもあります。そうならないためにも、従業員のエンゲージメントを測るeNPS(Employee Net Promoter Score)や、ビジョンの浸透率などをKPIに設定し、成果への貢献を示す姿勢も不可欠です。
ただ、社内コミュニティの運営を開始した直後の段階では、どちらのKPIも達成に至りにくい場合があります。その際は象徴的なエピソードを拾い上げて「従業員のモチベーションが上がっています」など、定性的な成果を示すことが有効です。
土を耕すつもりで取り組むべし
──社内コミュニティの運用における展望をお話しください。
上岡:ハピ→カン!コミュニティの参加者を招いたリアルイベントを開催したいです。より強固な結びつきを創出し、そこで生まれた新しいつながりを自店舗に持ち帰っていただきたいと思います。
成宮:全従業員にハピカンを浸透させるとともに、ハピカンの浸透が従業員のエンゲージメントや売上の向上に寄与することを証明します。当社は海外でも事業を展開しているため、コミュニティの輪をゆくゆくはグローバルにも広げたいです。
髙原:コミューンのプラットフォームやサービスをアップデートしながら、心的資本経営の実現に貢献したいです。成宮さんと上岡さんのご尽力もあり、コミュニティの盛り上がりを創出できている手応えはあります。一方で、その盛り上がりを可視化したり、価値に変えたりする部分には伸びしろを感じているため、引き続き注力する考えです。
──社内コミュニティの活用を検討している読者に向けて、背中を押すようなメッセージをいただけますか?
南雲:社内コミュニティの活用においては、目的の設定が最も重要だと思います。我々は「内発的動機に火を灯す」という目的の下、社内コミュニティという手段を選びました。目的に応じて最適な手段は変わりますから、まずは目的を明確にすることが大切です。
目的が明確になると、協力を仰ぐべきパートナー企業や導入すべきツールの要件も自ずと見えてきます。どの業種においても、企業で人が働く以上は社内コミュニティに取り組む意義を見出せるはずです。当社のように店舗を構えるビジネスモデルの場合はなおさら、取り組めば業績は確実に上がります。
黒田:企業が成果を出すためには、カルチャーという名の“土壌”が不可欠です。社内コミュニティの運営は、土壌づくりに言い換えることができると思います。土を耕す営みは時間を要しますが、土壌が整えば何を撒いても芽が出ます。社内コミュニティの運営をコストではなく投資と捉え、腰を据えて取り組んでいただきたいですね。
コミュニティ経営についてもっと知りたい方は
書籍では、社内コミュニティの立ち上げ方が詳しく解説されています。具体的なノウハウを学びたい方は、ぜひお手に取ってご一読ください。
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