本質は「広告」ではない。「メディア事業」としての再定義
セッションの冒頭、杉原氏は「リテールメディアとは何か」という根本的な問いに対し、多くの企業が見落としがちな視点を提示した。
「どうしても『広告プラットフォーム』という側面にフォーカスが当たりがちですが、本質は小売事業者がメディア事業者になることです。自社の資産を使ってメディアを運営し、そのマネタイズ手段の一つとして広告がある。この順序を間違えてはいけません」(杉原氏)
リテールメディアは単なる新しい広告メニューやプラットフォームではない。それは小売業者が保有する「データ」「接点」「信頼」という資産を活用して行う、紛れもない「メディア事業」なのだ。
リテールメディアの基本構造は、ID-POSなどの購買データや顧客属性データを基盤とし、自社ECや店舗サイネージへの「オンサイト配信」、そしてGoogleやFacebookなどの外部プラットフォームへデータを活用して配信する「オフサイト配信」から成る。この仕組みの最大の強みは、広告閲覧と購買行動が紐づく「クローズドループ測定」が可能になる点だ。
杉原氏は、リテールメディアがメディア事業として成立する理由を「データ資産の独占的価値」にあると説明する。小売業者が持つ一次情報(購買履歴・会員データ)は、放送業界における視聴率データと同等かそれ以上の媒体価値を持つ。さらに、商品を販売する店舗やECサイトがそのまま広告在庫となるため、コンバージョン(販売機会)と広告露出が直結している点も特異だ。
「小売業は歴史的に利益率が高くないビジネスモデルです。しかし、利益率の高い広告事業を展開することで、全体の収益構造を変革できる。ウォルマートが注力しているのもまさにこの理由であり、リテールメディアは『第二の利益源』になり得るのです」(杉原氏)
米国市場の最前線:「コマースメディア」への拡張と成長痛
続いて話題は、杉原氏が2025年9月に現地参加した米国のカンファレンス「IAB Connected Commerce Summit」からの最新レポートへと移った。
米国のリテールメディア市場は爆発的な成長を続けており、2028年には1,000億ドル(約15兆円)規模に達すると予測されている。これは日本市場の予測と比較して約14倍もの規模だ。杉原氏は米国の状況を「Growth exceeds maturity(成長が成熟を大きく超えている状態)」と表現する。マーケターの多くがパフォーマンスを「普通か良い」と評価しており、課題はありながらも圧倒的な投資意欲が市場を押し広げている状況だという。
特筆すべきトレンドは、「リテールメディア」から「コマースメディア」への拡張だ。小売業に限らず、金融(Chase Media Solutions)、航空(United AirlinesのKinective Media)、会計ソフト(Intuit)など、大量かつ良質なファーストパーティデータを持つ異業種が続々と参入している。
「米国ではすでに約250のリテール・コマースメディアが乱立しており、ブランド側からの選別や統合の動きが始まっています。日本でも数は増えていますが、米国ではすでに『次』のフェーズに入っています」(杉原氏)
また、店舗とデジタルが融合する「ユニファイドコマース」も進展しているが、課題も残されている。特に深刻なのが「販促予算」と「ブランドマーケティング予算」の分断だ。これは日本同様、米国でも根深い問題であり、両者の対立ではなく協働による価値創出への転換が求められている。さらに、各社で異なる計測指標の標準化(Unified Measurement)を求めるブランド側の声も強く、業界全体の成熟度が問われている段階にある。
