業界全体への波及と市場の歪み~なぜ業界全体の信頼が問われるのか
さらにグリーンウォッシュの問題が厄介なのは、それが個別企業の評価にとどまらず、業界全体へと波及し得る点にある。近年の国際機関の分析や学術研究では、消費者は必ずしも企業ごとに細かく評価を行っているわけではなく、同じ業界やカテゴリーをひとまとまりとして捉え、不信や疑念を広げていく傾向があると指摘されている。
広告で語られる内容と、実際の環境パフォーマンスとの間にズレがあると、消費者は「企業が意図的に環境訴求を利用してイメージアップしているのではないか」と感じやすくなる。この感覚は、特定の企業に向けられるだけでなく、「この業界の環境広告は信用できないのでは」という形で、より広く共有されていく。その結果、誠実に環境改善へ投資している企業であっても、そうでない企業と区別されにくくなり、誠実にサステナビリティに取り組む企業が競争上不利になるという「逆インセンティブ(不誠実な企業の方が、短期的な収益上有利になる事態)」が生じかねない。
この点について、国際機関の分析では、グリーンウォッシュを「個別企業のモラルの問題」として捉えるだけでは不十分だとされている。消費者が情報の真偽を見極められず、比較や検証が難しい市場では、形だけの環境配慮が横行し、消費者は「どうせ本当かどうかわからない」と感じ、持続可能性そのものに対しても「自社のイメージアップのためにやっているものだ」と不信や無関心に向かうリスクがあるだろう。
先駆けてルールの整備を進めるファッション・アパレル業界
こうした業界全体への影響が懸念された分野の一つが、ファッション・アパレル業界である。感性的な表現が多く、環境配慮をうたう商品が急増したことで、消費者の認識と実態とのズレが可視化されやすくなった。このため、英国などでは個々の企業を摘発するというよりも、業界全体の信頼が損なわれることを防ぐ観点から、検証やガイダンスの整備が先行して進められてきた。
日本でも、経済産業省はアパレル産業を中心に、環境配慮に関する情報開示の考え方を整理したガイドラインを公表し、曖昧な表示や誤認などグリーンウォッシュを招きかねない表現を避ける方向性を示している。ただし、そのアプローチは、現時点では企業の自主的な取り組みを促すガイダンスが中心であり、具体的な表現ルールや法的な禁止事項を明確に定める段階には至っていない。
それでも、日本におけるこうした動きは、業界全体の信頼を守る必要性が、徐々に意識され始めている兆しとして捉えることができるだろう。
このように、グリーンウォッシュは個別企業のリスクにとどまらず、業界全体の評価を左右する問題であるという認識は重要である。自社のみならず、業界の信頼をどのように高めるか、どのように守るのかという視点を持つことが、これからの環境広告やサステナビリティに関する訴求を考える上で、欠かせない要素になりつつあると言えるだろう。
企業の広告・宣伝の「透明性」が報われる市場へ~EU規制の狙い
先に触れた国際機関の分析が示すように、グリーンウォッシュが広がると、消費者は「どうせ本当かわからない」と感じやすくなる。その結果、環境に関する情報そのものに関心を持たなくなり、疑念がさらに疑念を呼ぶという悪循環に陥りかねない。
グリーンウォッシュ対策で先行するEUが重視したのは、誤解を招く表現を禁止するだけでなく、消費者自身が正しく判断できる環境を整えて、その悪循環を断ち切ろうとする試みである。
2024年にEUで発効した「消費者エンパワメント」規制は、企業に対して誤解を招く表示(たとえば、裏付けのない「オーガニックコットンを使用」や、抽象的な「より良い社会とサステナビリティの実現を」といった表現など)を禁止することに加え、その根拠について、自社とは独立した第三者の認証とともに示すことを求めている。
これは、消費者が確かな情報にアクセスできるようにすることで、自分で企業や商品・サービスを比べながら選べる健全な市場を取り戻すための規制であるが、言い換えれば、消費者を「守られる存在」ではなく、「自分で判断できる主体」としてエンパワーしようとする取り組みとも言えるだろう。今後、EU各国では2026年3月までに、各国の消費者法・広告法の改正が進められる予定だ。
この視点に立てば、企業のサステナビリティや環境広告のコミュニケーションの役割も自ずと変わってくる。単に、自社の良さを一方的に伝えることによるブランド認知の向上や説得のための「訴求」というより、むしろターゲットの消費者が自社の取り組みを理解し、納得し、自身や社会にとって「良い」と思う企業や商品サービスを選べるよう判断を助ける「情報」として位置づけ直されていくように思われる。
消費者を、守られる存在から「市場をつくる主体」へと位置づけ直すことで、誠実で透明な企業が報われるサステナビリティ市場の実効性は高まっていく。環境広告に関する一連の議論は、表現の巧拙を競う段階を超えて、消費者と環境や社会、そして企業のコミュニケーションやマーケティング活動のあり方を見つめ直す良い契機であるとも言えるのではないだろうか。
