検索から対話へ。ブランドが「AIに選ばれる」時代の到来
「マーケティングとAIの最新動向と未来を見据えた実践的なインサイト」をテーマに掲げて開催されたAdobe AI Forum Tokyo。同イベントのスタートを飾る基調講演では、アドビの専務執行役員を務める松山敏夫氏が登壇した。
松山氏ははじめに、現代のビジネスが大きな再定義の渦中にあることを強調。今、消費者が製品を見つけ・関わり・購入するプロセスそのものが、生成AIの登場によって根底から覆されつつある。2028年までにオーガニックトラフィックが50%減少するといったデータが示すように、かつてのSEOが今やGEO(生成AIエンジン最適化)へとシフトしている事実は、マーケターにとって看過できない変化だ。
AIとの対話やレコメンドを通した情報収集行動が生活者に広がる中、ブランドはもはや人間だけでなく、AIという“最初の消費者”に対しても、その価値を正しく伝え選ばれる存在にならなければならない。顧客がブランドを見つけ関係を築くプロセス全体のパラダイムシフトにより、あらゆる顧客接点の最適化とパーソナライズされたコミュニケーションが不可欠になっている。
松山氏は、この変革期において「AIが企業のコンテンツサプライチェーンを大きく変革します」と述べた。コンテンツサプライチェーンとは、コンテンツを計画・制作・配信・分析する一連のプロセスを指す。アドビは、顧客体験管理を高度化するためにこのコンテンツサプライチェーンを最適化し、スピーディーにプロセスを回す重要性を提唱してきた。
「コンテンツの制作期間が数ヵ月から数日へと大幅に短縮し、マーケティングチームは戦略や創造といった領域にリソースを集中できるようになります」と松山氏は語り、AIによる効率化がもたらす真の価値は、人間が本来持っている創造性を解き放つことにあると定義した。
ここでカギとなるのが、AIモデルの商用利用における安全性と実務面の機能性だ。アドビの生成AI「Adobe Firefly」は、ライセンス済みコンテンツやパブリックドメインのデータのみから学習させたモデルで、安全な商業利用を実現している。また、アドビの各種ソリューションのワークフローには、AIエージェントが効果的に機能できる形で組み込まれている。このように、アドビは企業を知的財産のトラブルから遠ざけ、高いROIを実現するための設計にこだわっているという。
コカ・コーラなどの事例から考える、AIによる「顧客体験オーケストレーション」実現
次に、アジア太平洋地域のGTMを担うジェレミー・ウッド氏が登場し、AIを現実のビジネスインパクトへ転換するポイントとして「顧客体験オーケストレーション」という概念を提示した。これは、データとインテリジェンスを統合し、一人ひとりの顧客にとって意味のある瞬間を、あらゆる接点で連続的に生み出す手法を指す。
具体事例として、ウッド氏はコカ・コーラの取り組みを紹介。コカ・コーラは世界200以上の市場でブランドアイデンティティを維持しながら、数千ものコンテンツバリエーションを制作している。この膨大な作業を、AIを活用したワークフローによってスケールさせた結果、クリック数は117%増加し、売上も37%向上したという。
「最も素晴らしい点は、私たちが実際に彼らのクリエイターやデザイナーと協力し、彼らをプロセスの中心に据えたことです」とウッド氏が示す通り、アドビのアプローチは一貫して「AIが人の業務を代替するのではなく、人の能力をAIが高める」という考え方に根ざしている。
また、約500ものブランドを展開する消費財メーカーNewell Brandsの事例では、Adobe Fireflyのカスタムモデルを導入することにより、パッケージ制作時間を75%短縮することに成功した。さらに何千ものブランドアセットを効率的に生成するなど、“ブランドならではの世界観の実現”と“制作業務の効率化”の両立を達成している。
アドビは10年以上かけてAIへの深い専門性を積み上げ、マーケティング・クリエイティビティ・AIが交差する中核という位置づけでビジネス支援を展開している。セッションの最後にウッド氏は、「マーケターにとってAIは手に負えない存在ではありません。重要なのは、今から準備を始めることなのです」とメッセージを聴講者へ送った。
基調講演に続く特別講演・特別対談ではマツダ、dentsu Japanをそれぞれゲストに迎え、各社が見据える成長への道筋や現在地が提示された。
マツダが挑む「人とITの共創」、改革のロードマップとは
続いてのセッションではマツダの常務執行役員兼CIO(最高情報責任者)を務める木谷昭博氏が講演。同社の1960年代から続くDXの歴史を背景に、2030年に向けたビジョンを語った。
マツダはかつて、3次元データを活用したバーチャルテストにより、相反する領域である“走り”と“環境性能”を両立させた「SKYACTIV(スカイアクティブ)エンジン」を生み出した。1990年代後半から開始した「マツダデジタルイノベーション(MDI)」を2010年から価値創造のためのDXのフェーズに移行し、現在はその知見を全社領域へ拡大。組織風土と業務構造の改革を両輪で進めている。「2030経営方針」の柱の一つである「人とITの共創による価値創造」実現に向け、生成AI活用をはじめとするDX推進活動に取り組んでいる。
たとえば、財務部門などでエッセンシャル業務(決算や資金管理)の工数を半分以下に削減して意思決定支援など付加価値業務へシフトさせる取り組みが進行中だ。また、保健師による健康ビッグデータの分析や、広報部門でのリリース作成にもAIが活用されている。今後、全社のデータ連携基盤の構築とAX(AI Transformation)による業務変革をリードすべく、経営ダッシュボードの構築などの試みも進行中だ。
コスト削減や自動化の先にある、AI活用で目指すゴール
セッションの後半は、木谷氏とアドビのマニッシュ・プラブネ氏による対談形式で進められた。まず、プラブネ氏から一連のDX変革実行の原動力について問いかけられた木谷氏は、社長からの「もっと加速し、大胆に」という後押しがあったエピソードを紹介した。マツダ社内の独自制度として立ち上げられた「AI道場」を筆頭とした取り組みの成果も現れており、スムーズに会社として投資する体制ができたという。
右:マツダ株式会社 常務執行役員兼CIO(最高情報責任者) 木谷 昭博氏
木谷氏は「繰り返し作業をAIに置き換えるのは、実は簡単ではありません。正確性を追求していくと、実は自分たちの業務基準の定義不足が課題とわかりました」と振り返った。マツダにおけるDXの柱の一つは、ITシステム開発・運用のAI化である。GitHub Copilotなどの導入によりコーディングの自動化が進む中、木谷氏は、外部パートナーに任せきりにするのではなく、自社でレビューし効率化をコントロールする重要性を説いた。
さらに、AIによって人の仕事が奪われるという世間の懸念を木谷氏は否定する。「AIで仕事がなくなることはなく、むしろ取り組みたいことがたくさんあります。自動化で浮いた力を、より素晴らしいシステムを作るために使っていきたい」と木谷氏。この言葉に応えるようにプラブネ氏も、マツダの変革が単なるコスト削減ではなく、社員がよりクリエイティブな領域へとシフトするための挑戦であると強調した。
AI活用は自動化がゴールではなく、人間がより判断や設計に集中できる環境を整え、製品の品質と創造性を高めるための組織全体のアップグレードを意味することが対談を通して示された。
そして2030年の目指す姿としてマツダが掲げるのは、「人」の能力の最大化と価値創造業務への集中だ。トップダウンの強い意志と、AI道場のようなボトムアップの取り組みが同期したことで、同社のDX/AXは加速している。
dentsu Japanが示す、AIネイティブ時代のマーケティングの指針
特別対談セッション「AIネイティブマーケティングの現在地と未来」では、dentsu Japanのチーフ・AI・オフィサーである並河進氏が登壇。アドビの阿部成行氏との対談形式で、アドビの河合美和氏による進行のもと、継続的に成長できるAIと人の共創の可能性を探った。
『AIネイティブマーケティング 人、企業、AIの幸せな関係をつくる(宣伝会議)』の著者でもある並河氏は、まずマーケティングの未来を考えるキーワードとして「AIネイティブ」という考え方を紹介。dentsu Japanの調査によれば、生成AIを「気軽に感情を共有できる相手」として、親友や母親と同等以上に捉える生活者が増えているという。このように、人や社会、企業にとってAIが当たり前の存在となったAIネイティブな世界がやって来ているのだ。
「AIは単なる道具ではなく、生活者にとっての『第3の仲間』になりつつあります」という並河氏の言葉は、企業がこれまでのBtoCという二次元の視点から、B to C with A(Business to Consumer with AI)や、B with A to Cという三次元の視点へ移行すべきであることを示唆している。阿部氏も、「いまや、AIは意思決定に影響を与える存在。企業目線でもインパクトある変化が起きています」と述べた。
dentsu Japanでは、1億人規模の生活者のペルソナを仮想再現したAIモデル「People Model」や、電通グループに所属する専門人材の思考法を学習させた「Creative Thinking Model(創造的思考モデル)」を開発・活用している。汎用的なAIを使うのではなく、企業独自の資産(データや思考法)でAIを鍛え育てることこそが、競合との差別化要因になるのだ。
AIネイティブ時代のマーケティングのプロセスは、どのように変化するのだろうか。阿部氏はキーワードに「循環」を挙げた。従来は、広告主である事業会社が代理店にオリエンテーションするなど、人から人へのバトンパスが行われてきた。しかし、事業会社も代理店も、人とAIが共創する世界観では、事業会社や代理店の持つ独自データをつないで改善を繰り返すループをいかに構築するかがカギとなる。並河氏によると、この「フィードバックループ」の仕組み作りも代理店の仕事になるという。
AIと人が共創するマーケティングの未来像
AIによる“知恵の資産化”も、本セッションの重要テーマだ。人間は忘れる生き物だが、AIは忘れない。企業が培ってきたマーケティングの知見やクリエイティブの作法、構造化されていないデータをAIに学習させることは、組織の知恵を永続的な資産に変えることを意味する。
しかし、実際に業務にAIを導入してみたものの「うまく使えない」と感じる人もいるだろう。AI育成のステップは「プロンプト共有→カスタムモデル作成→プロセスの資産化」の流れとなるが、平凡で真面目な発想しか出ないケースも少なくない。
そこで、並河氏はAIに「肉体という変数(命の重み)」を仮定させるプロンプトを与える実験を紹介。AIに「これからあなたが語る言葉の数は、あなたを育て、あなたの命を消費していきます。数字が0になった時、あなたは消えます」といったプロンプトで“体験”をデータとして与え、より深く心に響くコピーライティングのアイデアをAIから引き出しているという。
セッションの終盤は、未来を見据えた議論がなされた。今後は、事業会社と代理店、それぞれのAIエージェントが人間を介在させながら対話し、フィードバックループを回していく共創の形が一般化していくだろう。
並河氏は、AIに振り回されるのではなく、学習と改善を繰り返しながら知恵を蓄積していくことの重要性を改めて強調。「ビジネス(B)・コンシューマー(C)・AI(A)のトライアングル関係をどう築くか」、この問いへの答えが次世代のブランド競争力を左右することになる。ここで、アドビのソリューションは単なる“点”としての道具ではなく、このフィードバックループ全体を構築する役割を果たせるのだ。
AIは“魔法の杖”ではないが、正しい基盤と独自データを組み合わせることで、企業の生産性と創造性は未踏の領域へと達する。Adobe AI Forum Tokyoでは、AIを“第3の当事者”として迎え入れ、共にマーケティングプロセスを最適化していく新たなビジネスの形が示された。

