山本直人氏が語る! マーケティング業界これからどうなる?
「マーケティング」は、もはやそれを担う専門部署に限らず、一般的なビジネスパーソンもが意識し始めた昨今のキーワードである。厳密に定義するなら、「顧客ニーズのある商品やサービスを創出し、その情報を発信し、顧客が商品等を効果的に得られるようにする活動」といった具合だが、実務に落とし込めば、広告や宣伝、集客や販促活動がそれに当たるだろう。
日本の従来の「マーケティング」の構造は、Webインフラの発達、浸透により大きく変化した。その進化は留まるところを知らず、これまでのやり方に慣れた人たちは適応を強いられ混乱し、Webマーケティングを担う人たちでさえも、明確な将来は見えずにいる。ストラテジーにしろ、クリエイティブにしろ、マーケティングにかかわる人たちは、自分のキャリアがまったく読めないという状況にあるのではないか。
そこで今回、CAREERzine編集部では、博報堂勤務を経て、現在はマーケティング/人材育成プランナー、青山学院大学講師として活躍する山本直人氏にお話をうかがった。マーケティング業界のこれまでの変遷と今後の展望、業界の実態や生き抜くための知恵、求められるスキルなどについて、3回にわけてお送りする。第1回は、「マーケティング業界のこれまでの変遷」についてお届けしよう。
マーケティングの転機は「差別化しないと売れない時代」の到来
(以下、山本氏)「マーケティング」という言葉や概念はアメリカから輸入され、1970年代から80年代にかけて定着してきたようなイメージがありますが、実はさらに遡ること1955年、日本生産性本部の米国視察団が帰国した際に、団長で後の経団連会長の石坂泰三氏が、その重要性について説いたと聞いています。当時は、高度経済成長期が始まった、言うなれば大ヒット映画「三丁目の夕日」のような光景が広がっていた時代。それゆえ、マーケティングはたいして重要視されることなく、本格的に普及するまで時間を要したのだと思います。
それというのも、あの時代の日本はモノが足りず、何かを作れば売れる環境でしたから。みんなテレビが欲しいから作れば売れる、冷蔵庫もしかり。すると、メーカーに求められるのはマーケティング・スキルではなく、商品を正確かつ大量に生産する能力ですよね。月産100台の工場が、あと100台生産できれば、その100台も瞬く間に売れる。単純に、工程100台のメーカーで2倍売れるのですから、どの企業も生産性を最優先課題として捉えたわけです。すると社内でも、製造セクションが力を持つことになります。これは、今日のメーカーにも尾を引くパワーバランスではないでしょうか。
このような、大量生産・製造を重視する風潮は、1970年代のオイルショックまで継続しました。転機が訪れたのは、70年代後半~80年代前半のこと。モノがひと通り庶民に行き渡り、他社と差別化しないと売れない時代が訪れたからです。
ところが差別化をしようにも、画期的な技術革新が起きたわけではありません。そこで求められ始めたのが、広告をはじめとする、プロモーションによって他社との違いをアピールする技術。各社はモノではなく、広告デザインやそこで起用するタレントで競争するようになりました。糸井重里さんをはじめ、コピーライターという職業が脚光を浴び始めたのも、この頃からではないでしょうか。それまでの広告といえば、「新商品が出ました」とキッチリ告知することが最大の役割でしたが、そこに万人に訴求できる「感性」が必要となったわけです。(次ページへ続く)