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注目の若手社長が語った「ケータイ業界の過去・現在・未来」

2007/07/04 08:00

 株式会社ユビキタスエンターテインメントの代表・清水亮氏は経済産業省による「未踏スーパークリエイター/天才プログラマー認定制度」によって国から認定された注目の天才プログラマーだ。携帯業界で活躍する新進気鋭の天才が、独立した理由から国内携帯業界の問題点、そしてその将来までを語った。

インタビュー相手
株式会社 ユビキタスエンターテインメント 代表取締役社長兼CEO 清水亮
1976年新潟県長岡市生まれ。電気通信大学在学中に米マイクロソフト社の家庭用ゲーム機戦略に関わった縁で大学を中退。1998年に株式会社ドワンゴへ入社。携帯電話コンテンツ事業を立ち上げる。2002年に米DWANGO North America社でコンテンツ開発担当副社長を経て、2003年 有限会社ユビキタスエンターテインメント設立。来るべきユビキタス時代のコンテンツビジョナリーを目指すユビキタスコンテンツプロバイダーとしてケータイ電話、PC、2足歩行ロボット、デジタル放送、カーナビゲーションシステムなど、さまざまなプラットフォームに向けたユビキタスコンテンツの企画、制作、開発を手がける。

天才プログラマーはいかにして誕生したのか

編集部
天才プログラマーとお聞きしましたが、これはどういった制度なのですか?
清水
天才プログラマー認定制度というのは、次世代のソフトウエア開発を支える100人の天才発掘を目指し、2000年度から経済産業省がIPA(情報処理振興事業協会)を通じて始めた「未踏ソフトウエア創造事業」で、経済産業省が認定した者の総称です。有望な開発者に100万~約4000万円を補助することになっているようです。僕は2005年に認定されました。
編集部
なんだかすごいですね(笑)。天才プログラマーって日本に何人ぐらいいるのでしょうか?
清水
「もともと100人ぐらいを発掘することを目標にしていたのは確かですが、現状はわかりかねます。有名なところだとファイル共有ソフト「Winny」を作った金子勇さんとか、ソフトイーサ株式会社の登大遊さんとかが認定されています。金子さんとは10年ぐらい前からの友人です。論文を書いて、「未踏ソフトウエア創造事業」に提出して認定されたのですが、人生において一番勉強したかった時期に、一番勉強できました。
東京都文京区本郷の(株)ユビキタスエンターテインメント本社で取材に答えてくれた清水亮氏
編集部
03年に起業して、05年に認定。社長業をしながらの受賞だったのですね。大変だったと思います。
清水
そもそも勉強しようと思ったきっかけは、「goo RSSリーダー」を作った有限会社グルコースの代表・安達真君の影響を受けました。彼とは僕がドワンゴで働いていた当時の知り合いです。僕がドワンゴで彼と出会った時はまだ安達君は中学生ぐらいでした。ドワンゴに来てサーバを設計するバイトをしていたんです。中学生がドワンゴの社内で働いていたというと驚かれると思いますが、まさに神童のような中学生だったのです。そういえば、彼も「天才プログラマー」に認定されています。

ドワンゴ以来、5~6年ぐらい会っていなかったのですが、僕が現在の会社を立ち上げた頃、その安達君から突然メールが来たんです。彼はその時すでにグルコースの社長だったのですが、その彼に誘われ「ソフトドリンク」という会合に連れていかれたのです。ここでいろいろな方に会いました。株式会社サルガッソーの鈴木健さんとか、インフォテリアUSA社長の江島健太郎さんだとか、株式会社アプレッソの小野和俊さんとかです。彼らは皆、僕と同世代でした。
編集部
そこで刺激を受けたのですね。
清水
僕はこれまで同世代の社長に会ったことなかったんですよ。それで一番驚いたのはそういう人たちがどんな話をしているかっていうと、人類の未来について話しているんですよ。僕の持っていたいわゆるベンチャーの社長のイメージって、自分がお金持ちになること、つまり上場だけを目的にしている人々でした。実際それまで僕が会ったのはそういう方が多かったのです。ところが彼らの発想は全く違ってて、上場することなど誰も話題にしないんですよ。彼らは「朝から晩までプログラムを書くことが最高の幸せだ」って話しているんですよ(笑)。
編集部
仕事の対価がお金を超越したところまで昇華している。
清水
それで「結局俺たちの人生って、人類の未来にどれだけ貢献できるかってことなんだ」という話を延々としているんです。そして「ところで清水さんは今、人類の未来にどんな貢献をしようとしているんですか?」とか聞かれたりして。僕はその時、金がなくて、苦労している時期で、公団の家賃すらままならない状態。当然、頭の中では人類の未来より、明日の食事のことを考えていました。だから何も答えられなかったんです。

それでも「なんかこいつらすごいな」と。生活を日々しながらもそんなことを考えているやつがいるのかと感心しました。それで僕も一念発起して、長い間あたためていた「ワークフロー指向の次世代文章アプリケーションプラットフォーム」に関する論文を書いたんです。現在、弊社ではZEKEというWebアプリケーションプラットフォームを主軸において、いろんな商品展開をしようとしていますが、ZEKEはこの時の研究成果を生かしたサービスになっています。

「私が独立した理由」

編集部
そもそもなぜ独立されたのでしょうか。

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