人々のライフスタイルを変えるLCCの影響力
さて、こうしたLCCの台頭により、エアライン業界は今後どういう方向に動いていくのだろうか。大手エアラインとLCCの棲み分けは可能なのだろうか。
過去を振り返ってみると、LCCが台頭した国・地域では旅行者の動向や人々の生活にきわめて顕著な変化が起きている。まず、それまではバスや船などで長時間をかけて移動していたいわゆる低所得層の人たちが、飛行機を利用できるようになった。さらには、以前は旅行に出かける動機にはならなかったような理由で、人々の移動が始まっている。
早くからLCCのネットワークが発達したヨーロッパでは、たとえば隣の国に腕のいい歯医者がいるから月に2回程度通院している人も存在する。東欧諸国の温泉地には安い保養所が多く、イギリスやドイツなどからLCCを利用して気軽に訪れる人たちも増えている。また、コスタ・デル・ソル(太陽海岸)の玄関口として知られるスペイン南部の街マラガにおけるセカンドハウス建築ブームの一因として、LCCの路線網が広がったことが考えられる。ヨーロッパの各都市からいつでも安く行き来できるようになり、別荘地としての価値が高まったのだ。
ちょっとご飯を食べに隣国へ、簡単に他国へ飛んでいく若者グループも出てきている。LCCはまさに、人々のライフスタイルそのものを変える力を持っているのだ。
日本の空の未来
これらはもちろん、国境越えが特別なことではないヨーロッパで起きている現象である。欧米ではもともと個人旅行が主流で、そこで定着してきた「LCCスタイル」が日本でそのまま受け入れられるという保証はない。
日本では、LCCの極端に簡素化されたサービスに違和感を覚える人もいるだろう。とりわけビジネスパーソン層にLCCが浸透するには、ある程度の時間がかかるかもしれない。出張などで頻繁に飛行機を利用する層は、大手エアラインが提供するマイレージサービスや空港のラウンジサービスなどに価値を置いているからだ。
しかし世界を見わたしてみると、これまでLCCが定着しなかった地域はない、というのも事実だ。新幹線や長距離バスに比べて高くて当然だった航空運賃が大幅に下ることで、日本においても飛行機での旅がぐっと身近なものになるだろう。電車に乗る感覚で飛行機を利用するのも、そう遠くはない未来かもしれない。
今年7月に就航したジェットスター・ジャパンの鈴木みゆき社長は、私とのインタビューで「限られた市場を大手と競争して奪い合うという発想は私たちにはありません。私たちの活動のベースに置いているのは、あくまで新しい市場の創造です」と名言した。また、今年3月に就航して以来の搭乗率について「目標だった70~75%を上回る77%を達成」と発表したピーチの井上慎一社長も「利用客は20代と30代の若い人が多く、また全体の20~40%は飛行機に初めて乗った人たちという調査結果が出ている」と話す。
大手エアラインとすみ分けながら、新しい市場を発掘していくことが、LCCの未来を切り開いていくのだろう。
「週末はソウルでショッピングね」「月末に給料が入ったら、上海にカニを食べに行こうよ」そんな会話があちこちで飛び交う日は、そう遠い先のことではないかもしれない。
航空ジャーナリストとして活躍する秋本俊二氏の著作の一部です。自ら世界の空を旅した経験に基づいた貴重な情報が満載。関心をお持ちの方はぜひご一読ください。
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