ニュートラルな情報に価値がある
楠木:バイアスのある回答には意味がない。日産の星野さんはこの点についてどう思われますか。
星野(日産):同感です。昔はお客様に聞くことがよいことだと思っておりましたが、現在はお客様に聞くことは禁止しております。なぜそう回答するのか、誰がそう回答するのか、どうしてそう回答するのか、など回答するに至った背景を知ることの方が重要だと考えてます。今はそう回答したかもしれないけど、5年後、10年後の社会はどうなっているのか、その社会の変化が現実になった時にその人はどう反応するのか、という点を推測することが大切です。
楠木:未来志向で考えるということですね。ただ、正直難しくありませんか?普通はA or Bで質問を設計してしまいがちだと思いますが。
星野(日産):そうですね、難易度は高いです(笑)。今のような思考に変更した際に最初に行ったことは、過去を振り返ることです。約20年分の過去データを振り返ったのですが、振り返る時は大変でした(笑)。国・地域ごとに調査方法が違う、聞き方も違う、サンプリングも違う、バイアスも違うという状態でそれを一つひとつ紐解く作業は大変困難でした。しかし、それをやり抜き積み上げて5年後のカスタマークラスターを推測するという手順を踏むことができました。今はもちろん国・地域ごとに統一し、データベースも整備しています。
楠木:データの一元化という点でいうと、ジョンソンさんはどのような状況なのでしょうか。データを一元化し製品開発、マーケティングに活かしているのですか。
鷲津:アンケートの基本的なデータ項目は一緒で、その中から共通データや違うところを抽出した上で、製品開発を進めています。同じ商品が様々な消費者に受け入れていただける状態が、ビジネスとして最も効率がよいですからね。各国のデータを収集・分析した上で研究所で商品開発を行い、まず主要国で販売し色々な意見をお客様からいただきます。その際、色々な意見をいただきますが、全て商品開発に反映させるわけではありません。キラーイシュー、つまり「これだけは修正しないとまずい」という点を集中して改良していきます。結果、残念ながら日本の全ての消費者が満足といった状態にはならないかもしれませんが、世界130カ国の消費者の9割は満足といった状態にすることはできます。こういった考え方を持てるかどうかは業種・業態によって異なるかもしれません。

個客へ“体験”を提供する
楠木:同じ商品を様々な消費者に受け入れてもらうことがもっとも効率がよい。その一方で、本当に価値あるものを提供するのであれば、一人ひとりのお客様の体験まで踏み込む必要があります。個々のお客様へ体験を提供するという点について、千趣会さんはどのようにお考えですか。
星野(千趣会):まず、立ち位置を整理すると弊社はメーカーではなく、流通のポジションとなります。つまり、お客様の反応が直接わかる立場にいるため、お客様の立場に立った視点を持つ視点が根付いています。その上でお客様ごとにカスタマイズするという方法をとっています。
楠木:日産さんはオンライン/オフラインでお客様と様々な接点を持っていらっしゃると思いますが、どのようにお考えですか。
星野(日産):お客様一人ひとりに満足していただくという視点から製品開発を行う上で、よくある間違いが一人ひとりの声を聞きすぎてしまうことです。今の時代は否応なくグローバルでの展開が必要です。弊社の場合、日本はもちろん、ヨーロッパ、アメリカなどの先進国市場の他に、インド、中国などのBRICs含め様々な国で車を販売することになりますが、その結果、様々なお客様の要望やご意見をいただけることになります。しかし、その声を聞きすぎてしまうのは危険です。
お客様の声を聞きすぎてしまった製品のことを、弊社ではバニラアイスクリームと表現することがあります。つまり、様々なお客様の声を取り入れた結果、誰でも受け入れてくれそうな製品になっている気がするのですが、実は誰にも受け入れない状態に陥っているのです。
そういった間違いを犯さないように、弊社ではくっきり、はっきりとした特徴ある製品を開発することを心がけていて、製品開発の前にお客様のニーズを深彫りすることを重要視しています。