拡張するインバウンドマーケティングの概念

「インバウンドマーケティング」という概念は、今どんどん広がりを見せていると高広氏は言う。
「インバウンドというのは集客をする行為だけでなく、人に接するある種の態度のようになってきている。従来の広告はプッシュするタイプ、押せば押すほど相手が引いてしまう。そうではなくて、向こうからくる瞬間を見極めてマーケティングしましょうというのがインバウンドマーケティング。これを『合気道』にたとえたスピーカーもいました」(高広氏)
今回のキーノート・スピーチで、ブライアン・ハリガンとダーメッシュ・シャアは「Inbound Experience」という表現を使った。人をひきつけて呼び寄せる入り口の部分だけでなく、問い合わせを受けたり、相手がほしがっている情報を与えて、すでに顧客化している人々の満足度を高めるところまで含めてインバウンドマーケティングであり、これによって生まれるのが「Inbound Experience」なのだ。
HubSpotには、データという血液が流れている
相手が今どのような状況にいるのか、どんな情報をほしがっているのか。HubSpotは、それを知り、適切なアクションを起こすためのツールである。フルスクラッチで開発されたというだけあってブログ、ソーシャルメディア、メール、SEO、ウェブサイト管理、リード管理、データ分析、LPO、マーケティング自動化といった機能の連携度が非常に高く、収集したデータの活用も非常に自然だ。
たとえば、ブログのデザインテンプレートを選ぶとき、ふつうは複数のテンプレートから、自分の感覚でよさそうだなと思ったものを選択する。HubSpotでは、テンプレートごとに、何件の会社、何件のキャンペーンで利用されたのか、そして実際に使用されたときの効果が数値で示される。したがって、「どのテンプレートが実際に効果が高かったのか」という視点でテンプレートを選択することが可能なのだ。

そのテンプレートの開封率などのパフォーマンスデータも参照できる
気持ちいいルック&フィールもさることながら、HubSpotというツールにはデータという血液が流れている。それも毛細血管のようにすみずみにまで。それはアワードの決定方法からもわかるとおり、HubSpotというサービス全体で実現されている。
問われるマーケター自身の姿
では、HubSpotを使えば理想のマーケティングが可能になるかというと、そう単純ではない。高広氏の話を聞いていると、いまマーケター自身が変化を迫られている。そんな気持ちにさせられる。
INBOUND 2013の会場に集ったマーケターは、「インバウンドマーケティング」の考え方に共鳴し実践している、いわば「INBOUNDY」な思考を持ったマーケターの集団である。キーノート・スピーチに立ったセス・ゴーディンは、彼らを指して「Tribe(部族)」と呼んだ。
イベントのオープニングでは、ある動画が披露された。スタンダップ・コメディアンのダン・サリーが「アウトバウンドマーケター」に扮して、そのやり方がどれほど滑稽なものかを示すもの。「この動画が流れたとき、会場はもう大ウケ、大爆笑でした」(林氏)
この動画には続編があり、アルコール中毒患者の自助グループの会と同じシチュエーションで、アウトバウンドマーケティング中毒者たちが自分の過ちを告白する。いずれも、アウトバウンドマーケティングを揶揄し、インバウンドマーケティングの優位性を示す手際がすばらしいのだが、あらためてマーケターが自身のマーケティングを客観視することの重要性に気付かせる内容となっている。
さまざまなツールが出そろい、データ分析の環境が整った今、マーケターはあらゆる可能性を手にしたと言ってもいい。しかし、実際に行われている施策は、本当に洗練された適切なものとなっているのだろうか。
「あるページを見ていた人に対して、それに関連するカテゴリーの“広告”を出したり、検索エンジンで何かを検索してページにたどり着いた人に、追いかけるように別のページでも関連する“広告”を出すというふうにデータが使われている。当初これらのアドテクが出てきたときに、“これは人々の興味関心に応じて(Google AdWordsがもともとそう考えて作られたように)嫌われない広告ができるかも”と考えたけれども、実際は、人々の行動データを得たマーケターやアドテク業者は、それら(広告主にとっての)より良いターゲティングというお題目で使っていて、結局は“ストーカー広告”と揶揄されるようなリターゲティング広告をはじめとする“より嫌われる広告”が普及しだしている。

もっと貼ってもらえるのにね」(高広氏)
諸々のアドテクだって、もっとユーザー目線の使い方ができるはずなのに。でも結局はツールを使うのは人なので、マーケター自身が、相手の行動に応じて適切なオファーやコンテンツを出すという思考、つまり相手に役に立つのだ、という態度を持たない限りは、ネットで情報を調べることが普通になった時代のマーケティングには対応しきれない。この態度が変わらないと、インバウンドマーケティング自体もただの手法としてしか理解できないでしょう」(高広氏)