人間同士の関係を築くつもりで、フラットなコミュニケーションを図る
―― Webのチームがどんどん店頭での施策も作っていくことで、無印良品のリアルとネットの融合がますます進んでいるのですね。生活者と無印良品のコミュニケーションの取り方として、意識されていることはありますか?
以前は企業から生活者に、広告を通してその姿勢やメッセージを伝えることが一般的でした。それが現在では、SNSやコミュニティ、アプリ、商品それ自体からも「これが無印良品です」ということが生活者に伝わっていく。企業と生活者との間は今、こうしたさまざまな媒体を介した会話が積み重なって、埋まっていっていると感じています。
TwitterやFacebookでは企業の人間として会話をしていますが、広告と違って“会話”ですから、そこには自然とその人の人柄が出てきますよね。企業もいわば人の塊ですから、企業という枠に捉われて四角四面な対応をするのではなく、生活者と人間同士の関係を築くつもりで、フラットなコミュニケーションを図る方が今の時代には得策だと考えています。
現在のイメージ(下図)。人と人との間を、さまざまな媒体を通じて会話で埋めていく


――真ん中が、企業ではなく「人の塊」とされているところにとても共感します。川名さんがこのような考え方に至った根底には、無印良品のブランドへの哲学が影響しているのでしょうか?
確かに、当社の企業風土は現在の姿勢や、施策の考え方一つにも反映されていると思います。西友の一事業として生まれた「無印良品」ブランドには、発案者の一人であるアートディレクター、田中一光先生の「簡素の中に秘めた知性や感性が誇りに思える世界が広がれば、少ない資源で生活を豊かにできる」という考えが根幹にあります。無印良品=シンプル、と語られがちですが、決してシンプルさや機能を絞ることをゴールに据えているわけではないのです。
売り手の論理ではなく、生活者の「必要十分な資源での暮らし」を支えることで商活動をしていこうというのが、当社の理念です。それは一人ひとりの社員に浸透しているので、その点では顧客へどう向き合うかのベクトルはそろっていると思いますね。

――デジタルの世界でのマーケティング活動においても、無印良品のブランドの哲学が反映されているからこそ、様々な施策のふるまいに何か一貫性を感じるのだということが改めて分かりました。最後に、今後の展望をお教えください。
今、購買や店頭チェックインで「MUJIマイル」が貯まるアプリ「MUJIパスポート」を促進しています。顧客理解に活かしながら、例えばアプリを表示させたスマートフォンを店頭でかざすと、配送先を書かなくていいといった新しい“お買いもの体験”を創出したいですね。
デジタルの活用といっても、スタッフに声をかけなくても済む検索機を店頭に置くようなことをするつもりはありません。顧客との接点を大事に、そこでの体験がよりクリエイティブになるように、今後もデジタル技術を使っていきたいと考えています。
川名さんの話をお聞きして、無印良品が一貫したデジタルマーケティング戦略を行い、成長されている根っこが、3つあると思いました。
1つは、生活者と「企業」の関係ではなく、生活者と「企業で働く人間」として付き合っていこうという姿勢。もう1つは、「必要十分な資源での暮らしを支える」というブランドフィロソフィーを、社内でしっかりと共有していること。そしてデジタル担当から声を上げ、組織の壁を越えて、リアルな店舗と連携した施策を実施する行動力です。
生活者と企業の中の人間がよりよい関係を気付くために、例えばネットショッピングの普及、SNSの一般化という環境変化をいかに活用するのか。デジタルマーケティングの大きなPDCAと日々の小さなPDCAをどのように回していくのか。無印良品の事例には、1つの事業やプロジェクトを継続的に育てていくヒントが、いくつもあると感じました。
