「88.3」という数字が意味するもの
今や10代の中学生までがスマートフォンを持つ時代。生活の中でデジタルを活用することが当たり前となった現在、マスマーケティングにおいてデジタル戦略は欠かせないものとなっている。
企業は広告に対して膨大な投資を行っている。4大メディアやデジタルチャネルを含めた2014年の全広告投資額は6.1兆円にものぼると電通は発表している。一方でアドビ システムズ(以下、アドビ)は、企業の発信するメッセージと消費者行動の関係を明らかにした。アドビが実施した「消費者行動調査 2014」によると、消費者の商品認知の機会として多いのは「テレビ広告」で、その次に「ニュース/ポータルサイト」「店頭」「企業のWebサイト」「新聞」と続く。これだけを捉えると、新商品を知るきっかけとして「テレビ」を挙げる人は全体の80.7%にのぼり、認知度向上のチャネルとしてテレビが担う役割は依然として大きい。
ところが実は、テレビ広告を始めとする4大メディアの影響力は減少傾向にあるという。これは数字にも明確に現れており、テレビ広告は前年比-5.9ポイント、新聞は-20.8ポイント、雑誌は-22.8ポイントとなっている。これに対し、躍進が目立つのがデジタルメディアだ。ニュース/ポータルサイトは+29.1ポイント、企業のWebサイトは+17.0ポイント、ソーシャルメディアは+24.6ポイントと、デジタルメディアが消費者への商品認知に及ぼす影響力は増加傾向にある。
その理由について、同社のグローバル統括サービス本部 コンサルティングサービス部でコンサルタントを務める松原祐規氏は「デジタル時代における顧客行動の変化にポイントがあります」と語る。
同調査によると、たとえばテレビや新聞、雑誌で新しい商品を知った時、次に88.3%の消費者が取る行動は「その商品について、Webサイトで調べる」ことだという。これはマス広告だけにとどまらず、店頭などリアルな場面で商品を見ても、その場もしくは帰宅後にWebサイトで調べるケースは半数以上にのぼる。Webだけでなく、スマホアプリでの購買など、さまざまなデジタルチャネル接点が活発化し、デジタルのタッチポイントが増えている。そのため、デジタルチャネルで顧客のエンゲージメントをどう高めていくかが、ビジネス成功の鍵になっているのだという。
ビジネス成功を阻害する要因とは
「デジタルチャネルでの顧客エンゲージメントがビジネスの成功を左右する」ということは、裏を返せば「デジタルチャネルで不具合があると、顧客は離脱してしまう」ということになる。実際に前出の調査では、Webサイトのページによって情報が矛盾していたり、ほかのメディアと商品内容やキャンペーンに矛盾があったり、商品詳細情報へのリンク切れといった問題点があると、62.6%が「商品の購入または情報収集のいずれかを中断する」と述べているそうだ。
松原氏は「認知フェーズで6.1兆円もの膨大な広告費を出したとしても、その後の検討フェーズにおいて、Webで消費者が商品について調べて良い経験を提供できるようエンゲージメントにも投資していなければ、膨大な売上損失につながるリスクがあります。マーケティングで認知度を高めることも重要ですが、デジタルのカスタマージャーニーを描き、その中で最適な投資をしてエンゲージメントを築くことが重要になっています」と説明する。
ちなみに前出の調査によれば、検討フェーズの消費者がWebに求める機能として、「3D表示」や「見積もり機能」を求めていることがわかったそうだ。店頭で商品を見るように、さまざまな角度から商品を眺めたり、オプションを付けることで価格がどうなるか、まるで店員に相談するようにWebでも計算ができれば消費者の満足度は高くなる。商品の情報以外にも、購入者の意見や評価を閲覧したり、自分の意見を投稿できる機能にも期待が高い。購入した後の体験を想起できるので、より購買意欲を掻き立てられるからだ。松原氏は、「Webサイトに店舗と同じようなことができる機能があれば、それはリッチな体験と捉えられます」と語る。
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データとコンテンツの有効活用で購買を促進
商品を調べに来た消費者の行動を、いかに購買に結び付けるか。これを考える際にポイントとなるのが、「どのような相手に」「どのような体験を提供するか」という2つのステップだ。
まず「どのような相手か」を知るには、顧客を全面包囲で理解すること=360度のビューで顧客を見なくてはならない。これを知るには「データ」が必要になる。次に、そういった顧客にどのような体験をさせるかを考える。商品について初めて知ったのか、これまで何度も検討を重ねてきたのか、どのフェーズにいても満足させる経験をさせなければならない。そこで、ここでも360度の体験を提供するという意識が必要になる。これを実現するのが「コンテンツ」だ。つまり、デジタル戦略において「データ」と「コンテンツ」の2つを活用することは必須要件といえる。
では、具体的にどのようにデータとコンテンツを活用すれば良いのか。松原氏はその一例として、アドビが提供するオーディエンス情報一元管理の「Adobe Audience Manager」を導入しているDeNAの事例を紹介した。
DeNAの主要事業は、ゲームプラットフォーム事業。当然、ユーザーにはより頻繁なゲーム参加を期待している。そこで同社は、かつてゲームをプレイしていたけれど現在は利用していない顧客に、再度ゲームをしてもらうためのマーケティング戦略を立案した。
まず、実際にゲームをプレイしている顧客のアクティビティデータを収集し、ゲームから離脱している期間でプロファイルを開始。ゲーム離脱後「2週間以内」「30日以内」「30日以降」と分け、同社のサイトに再訪した顧客に対し、各セグメントに応じた最適なコンテンツを表示するようにした。具体的には、ゲームから離れてしばらく経ったユーザーには「おかえりなさい」と表示し、さらに一定期間以上経って戻ったユーザーには「おかえりボーナス」という名称の特別ポイントを出すなどし、ゲームへの復帰を誘導。これにより、ゲーム復帰率は67%アップできたという。
松原氏は、「重要な点は、Webサイトを訪問している顧客を理解することです」と語り、そのために必要なデータとして「行動データ」と「属性データ」、そして「心理データ」の3種類を挙げる。
行動データとは、「どんな商品を見たのか」「何を入力したのか」「店舗では何を買ったのか」など、オンライン/オフラインを含めた顧客の行動履歴のこと。属性データとは、年齢や性別など、いわゆるデモグラフィック(デモグラ)データを指す。心理データは顧客のレビューなどブランドに対する意識や好悪の感情だ。これらのデータを集約することで、顧客のプロファイリングを行い、セグメント化していく。そのセグメントに対し、あらゆるチャネルで最適なコンテンツを提供できるようにデジタルチャネルを整備するわけだ。
データを使ってWebサイトの表示を最適化
松原氏は、ここでパナソニックのWebサイト事例を紹介する。パナソニックでは、Webで商品のリッチな世界観を伝えたいという目的の下、アドビが提供するCMSや計測ツール、ターゲティングツールなどを71の国・地域で導入しているという。デモで紹介したのは、中東地域で展開するパナソニックのサイトだ。
中東地域のパナソニック商品サイトに初めてアクセスすると、普通に新商品の大きなトップ画像が表示される。その後、興味ある商品を見るとその行動履歴がデータとして蓄積される。たとえば中東地域では、男性用家電製品としてシェーバーの人気が高い。そこでシェーバー商品を閲覧すると、次回にサイトを訪問した時にはシェーバーがトップのメイン画像に表示されるわけだ。女性ならドライヤーやまつげカーラーなどの美容家電が人気で、これも閲覧履歴に応じてトップメイン画像が変わる。これだけでも、顧客の購買意識に与える影響は大きいのだ。
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顧客の特徴に応じたコンテンツで購買欲を促進
では「コンテンツ」をどのように活用すれば購買に結び付くのか。
コンテンツが果たす役割は、Webサイトを訪れた人に対し、商品の良さを訴求すること。もともとサイト訪問者は、商品について深く知りたいと思っている。そこで有効なのが、顧客のライフサイクルに合わせて最適なメッセージを送ることだ。
前述の消費者行動調査でもあったように、商品を買う際に「購入した後の生活やライフスタイル」、つまり利用シーンなどがイメージしやすいと購買意欲が湧きやすくなる。つまり、購買意欲を促すコンテンツを、顧客のライフサイクルに合わせて最適なメディアで提供することで購買に結び付ける戦略が有効となる。
たとえばルノージャパンでは、車の色や内装を画面上で自由に変更することで、質感の違いを確認できるというコンテンツを提供している。日産の英国用サイトでは、車を360度ぐるぐる回しながらデザインを確認することで、あたかも店舗で車を眺めているようなエクスペリエンスを実現しているそうだ。
自動車会社でいえば、アウディのWebサイトは「メカ好き」に焦点を合わせたコンテンツを準備。たとえばエンジンを回して眺めたり、当然ながら車体の色を自由に変更できたりといった機能のほか、コンフィギュレーターページで自分好みに車を改造することも可能だ。なお、この改造データは保存もできるので、次にサイトを訪問した時に確認できる。アウディでは商品画像を回して見ることはできないが、内装から外観までクリックひとつでチェックできるのも利便性が高い。もちろん、シートの色を変えることも簡単にできる。
少ない投資でさまざまなチャネルの体験を最適化
こうした多彩なコンテンツ表示を実現しているのが、アドビが提供するCMSソリューション「Adobe Experience Manager」だ。Experience Managerは、画像をドラッグ&ドロップで簡単にCMSに登録することができ、プレビューやタグ付け管理も容易。これらのコンテンツ資産(アセット)を使ってページを編集できる。
同ツールの管理画面で「新規ページ」を選択し、レイアウトを選ぶと、編集画面と登録したアセット一覧が表示される。ページで使いたいアセットを選び、キャッチコピーなどテキストを編集することで簡単にコンテンツを用意できるという。
松原氏によると、コンテンツ施策においてポイントとなるのが、アイディアを形にしていくことだという。その中心で、コンテンツ施策具現化に貢献するのがデジタルアセット管理だ。アドビはもともとPhotoshopやIllustratorなどのクリエイティブ領域に強みがあり、その強みとデジタルマーケティング領域を組み合わせることで、顧客のデジタル戦略を総合的に支援しているという。
松原氏は、アドビの計測ツールやターゲティングツール、CMSツールなどを導入した企業に対し、実装やテスト、構築支援などのコンサルティングサービスを提供している。この中でデジタルマーケティングやコンテンツマーケティングにおける知見、ナレッジを提供するという。このソリューション提供体制について、アドビでは「People(人材)」「Product(製品)」「Process(運用)」という3つのPで表現しているそうだ。
一方で、「デジタルやクリエイティブに精通しているマーケターがいれば、アドビの製品やコンサルティングは不要なのでは」というマーケターもいるかもしれない。これに対し松原氏は、「多様なタッチポイントが次々に生まれている今、できるだけ効率的な投資で顧客にベストな体験を提供できる環境作りが重要」と説明し、「デジタルマーケティングに最適化したソリューションを選択することは、少ない投資で効果を最大化させることにつながる」と語る。
今の時代、デジタルチャネルに不備があれば、それがビジネスを大きく阻害するのは間違いない。そんな状態で認知度向上のためにマスマーケティングに莫大な投資をしても、無駄に終わる可能性が高い。「個客理解と、個客の体験をテクノロジーでつなぐ」という理念の下、顧客の期待にどう応えるか。企業に求められるマーケティング戦略は、マスマーケティングの中でデジタルチャネルを通じ、顧客のエンゲージメントを高めていくための「データ」と「コンテンツ」の活用なのだ。
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