新しい施策に対する怖れを組織はどう克服するか
押久保:デジタル時代の組織についてはいかがでしょうか。トラディショナル企業がデジタル人材を受け入れる流れが進んできている印象ですが、一方で外部から来た人材がなかなかワークしないという話も耳にします。この点、富永さんは外部から入る側として、現場をワークさせるための難しさを肌で感じたこともあるでしょう。そのあたりをお聞かせください。

富永:マーケティング資源は有限です。なので新しいことをやるには、これまでやってきた何かを止めないといけません。以前在籍していた西友では、チラシをリターゲティング広告に切り替えたことがあるんですよ。それはもう、大変でした。
押久保:かなり思い切った施策ですね。
富永:チラシの主な目的はお客様の行動誘因です。確かに効果的ですが、いかんせん非常に高額です。そこで地域を限定し、配布を止めてリターゲティング広告に切り替えてみました。
これが奏功し、今までの慣習を止めることにつきまとう恐怖感を、別の代替手段をスモールスタートでやっていくことで、なるべく低く抑えることができた思います。やはりどの企業も、新しいことを怖がる風潮はあります。それを踏まえたマネジメントをしていくことが必要です。
逆に、それが困難だった事例として、年末のセールチラシの中止を検討したことがありました。流通業界で一番売れるタイミングは、12月の30、31日です。地域の競合全社はチラシを入れるんですよ。しかし消費者側は、既にどこに買い物に行くか事前に決めているのが普通ですよね。なので、消費者に気づきを与え、行動をリマインドする目的のチラシには意味がない。
そこで「このチラシは本当にいるのか」と聞いてみると、配布を止めることに対する恐怖感があるんですね。12月が期末ということもあり、これは結局実現しませんでした。
細分化するデジタルに対応するには外部の知見が必要

押久保:今キリンでは、デジタル人材を外部から募っていらっしゃるようですが、どのような状況になっていらっしゃるのでしょうか。
橋本:さきほども言いましたが、キリンではデジタルマーケティング部を事業会社のマーケティング部とは別に置いています。マーケティング部の機能を強化するのが本当でしょうが、専門人材が足りない。一言にデジタルマーケティングと言っても、中は非常に細分化されていて、それぞれに専門家がいます。システム部門などからも人を集めましたが、社外からも3年で10人くらいの方を採用しています。
組織が会社をまたがることで、最初のころは摩擦もありました。マーケティング部の予算を削ってデジタルに回すわけですから、抵抗はありますよね。トップダウンで指示することは簡単ですが、その後が進まないということが少なからずありました。
富永:組織が複雑になると「総論賛成各論反対」みたいなことがあるんです。合意したはずなのにうまくいかない。
橋本:“外から来た人材”vs.“社内の生え抜き”という対立構造はないと思いますが、同じ組織で一緒に働いて、経験を共有すると“あうんの呼吸”で仕事をするようにあるのは事実です。これは外から来た方には、ハードルが高いと感じられるでしょうね。
一方で、マーケティングはものすごいスピードで変化しています。特にデジタル領域は専門性も高く、すぐには追いつけない。社内にいない人材を、社外から招くというのは当然と考えるようになりました。新しく来た人がキリンに合わせるのではなく、元からいる人が変わらなければならないと思っています。
富永:昔の新社会人は、型を覚えることを求められていましたよね。ところが今、特にデジタルの領域は「昨日通用したことが今日はダメ」ということがあります。すると、型の上にある概念で仕事をしないといけない。それを別の言葉で表すなら「深く考える」「立ち止まって考察する」といった意味になります。マーケティングの専門性が高まっているという意見に私も賛成です。ただ、型の上にある概念で仕事をする組織や風土を作るのはとても難しいと思います。
押久保:その課題にはどう対応すれば良いのでしょうか。
富永:担当をきっちり決めたり、定例mtgを実施したりということをいったん捨て、何か課題があったらみんなでバッと集まって考える、言い換えるなら大学のサークル的な組織作りの方が良いと思っています。今の時代は、型、つまりベストプラクティスを集めた瞬間に陳腐化してしまうんですよね。