「カスタマージャーニーマップ」を「作成キット」で作り上げる
これまでセールスフォース・ドットコムは、カスタマージャーニーを描いた上でのデジタルマーケティング活動を提唱し、日本国内で大きな牽引役を担ってきた。
デジタルマーケティングを実現する上で、自社と顧客との接点を徹底的に洗い直すためにはどうすべきか、たびたび問われてきたという。このニーズに応える手段の1つが「カスタマージャーニーマップ作成キット」だ。
セールスフォース・ドットコムが用意するキットは、制限時間を60分と定めて、キットを使ってマップを作っていくという仕様だ。マップができると、そこから得られた気づきやシナリオを次はデジタル施策にも反映する。プロジェクトメンバーなどチームスタッフが複数名で参加するという想定。ワークショップを通して、最初にテーマ(ゴール)とペルソナを設定し、ワークシート上に付箋を貼っていくなどアナログの作業と、徹底したメンバー間のブレストや議論を経て、チームとしてマップを作り上げていく。プログラムは全部で8ステップ、プラスアルファで2ステップが用意されている。
今回、実際にキットを使ったワークショップをMarkeZineのメンバーが体験してみた。キットを開発したセールスフォース・ドットコムの加藤 希尊氏が伴走しながら、チーム内のファシリテーターを編集長の押久保 剛が務めた。そして、作成キットの利用とワークショップの経験を踏まえた上で、ジャーニーマップを作る重要性について、加藤氏と押久保が対談を行った。
ジャーニーを長く捉えるための、ゴール設定が重要
押久保:今回、ワークショップにはMarkeZineに関わるメンバーに集まってもらいました。全体を統轄する私がファシリテーターという立場で、有料講座、紙の有料誌、Webという各チャネルの担当者に1名ずつ参加してもらい、「MarkeZine」をテーマにして作成キットを使ってみました。
加藤:実際にやってみて、いかがでしたか?
押久保:私たちは“MarkeZine”というブランドで、さまざまな事業を展開しています。10年前、私がほぼ一人で運営していた頃とは状況がまったく違う。事業に関わるメンバーが増えて、私が考えるMarkeZineと、それぞれの立場でみんなが考えるMarkeZineは異なると思っています。
もちろん違っていて良いのですが、共通認識は持っておきたい。実際に作成キットを使ってワークショップをやってみて、私たちが何をしたいのかがはっきりしました。「マーケターに愛されること」だ、と。このことをはっきり言語化できた。改めて、メンバーと目的を共通言語化ができたのは大きな成果です。
加藤:突然「マーケターに愛されるようになりたい」だけを聞かされても、何をしたらいいかわかりませんからね。一連のプロセスを体験したことで、言葉の意味がチームのみなさんそれぞれの中で、浸透してくるし、深く理解できるようになります。
カスタマージャーニーマップを作る上で、もっとも重要なことは「ゴールの設定をどうするか」なんです。今回だと、はじめのSTEP1でゴールを設定しましたよね? そこで、MarkeZineを知って読まれるようになる、という地点に止めず、MarkeZineを知らない人がエバンジェリストになってくれる、という地点までをゴール設定したほうがいい。
ジャーニーは長めに、ペルソナが大きなステータスチェンジをするところまで設定したほうが、より根本を考える機会にもつながり、うまくいくのです。
ジャーニーマップ作りのメンバーは役職で選ばない
押久保:ワークショップの60分が、チーム全員で顧客視点を問い直す場となっていました。顧客は、きっとこう考えるのではないか。ならば、こうしたフォローやケアをしないと顧客は快適に感じられないのではないか? と、時間軸に沿いながら具体的に考えることができました。
加藤:従来の、いわゆる企業内の共通言語は、たとえば社訓やクレドなどのスローガンだったかと思います。一方で、ビジネスの現場では年間のマーケティングプランがあって、複数の部署で、各部署の思惑が渦巻きながら施策化する現実があります。社訓やマーケティングプラン、さらには今後のビジョンといったこととブリッジできるものを、このカスタマージャーニーマップの作成過程で作ってほしいんです。
押久保:たとえば、どのような立場や役職の方が参加するといい、ということはありますか?
加藤:リーダーシップを発揮できる人に、ぜひチャレンジしてみていただきたいですね。たとえば、異なる部署間で橋渡し役になれるような人、マーケティングプランを実行していける人、プロジェクトがドライブしていく際に中心となる人が参加するといいですね。
というのは、単にみんなで集まってやればいい、というものではないからなんです。今回でいえば、全員が「マーケターに愛される存在としてのMarkeZine」という共通認識を持てたと同時に、共通認識に向けたアクションがリーダー、ファシリテーターとして参加した押久保さんの中で見えてきたと思います。しっかりリーダーが存在して、リーダーの中にとるべき方針が見えてくることが大切です。
押久保:なるほど、そうなると役職でどうこう、ではないですね。
加藤:そうですね。必然的に役職がやや上の方だったり、CMOだったり、場合によっては社長が、となってくる場合はあります。
「顧客とは誰か」を意識した人選が肝要
押久保:カスタマージャーニーマップ作りに参加したほうがいい部署や部門はあるのでしょうか? 営業部門はメンバーに1名入れておいたほうがいい、ですとか、法人営業担当と消費者向けのマーケティング担当がいれば、それぞれから出しておくべき、などは?
加藤:たとえば、法人向けビジネスと消費向けビジネスでは、設定するカスタマーが変わってきますよね。
最初のSTEP1で「マーケターに愛されるMarkeZine」とテーマを決めました。次のSTEPで、ペルソナを詰めていった際に、マーケージン読者 or 利用者という観点でジャーニーを考えていきました。それが広告主側、出稿主側、テクノロジーベンダーと立場を変えると、ペルソナの考え方が変わります。つまり、「愛される」ことの意味が変わってくる。
誰の、どの立場のジャーニーにするか、で視点が違います。どの立場のジャーニーを考えるか、何を考えるかによって、その部門を担っている人を連れてくるのが最善です。裏を返せば、営業担当を連れてくるなら、ペルソナは営業の視点を入れたほうがいいでしょう。営業の観点から、もっとサービスをよくしたい、パイを増やしたいという意見を出してほしいなら、来てもらったほうがいい。
押久保:ここまでに「長めのスパンを意識したゴールを決める」「誰のためのジャーニーであるかを決める」という話が出てきました。カスタマージャーニーマップを作る上で、注意すべき点はあるでしょうか?
加藤:きちんと時間を意識してファシリテーションする、ということです。ここで用意した作成キットは、8つのステップすべてを「60分」と時間制限しています。マップ作りはステップを進めるごとに、アイディアが膨らんでくるので、いつまでも続けられてしまう。ですが結局、拡散しすぎて収束が難しくなる。話すべきカテゴリが見えにくくなってしまうので、区切ることが重要なんです。
作って満足せず、次のアクションに踏み出す
押久保:今回、私たちのカスタマージャーニーマップ制作過程をご覧になって、全体的にどのように映りましたか?
加藤:とてもよかったと感じたのが、かなり具体的で、現実的な施策まで話し合っていた点です。たとえば、「MarkeZineアワード(活躍するマーケターを表彰する)をやったらどうか」といった話がそうです。
押久保:編集者という立場からは、トレンドを追いがちです。業界感度の高い、アーリーアダプターに向いた内容を取り上げたくなる。一方で、有料講座の担当者は日々クライアントと接しており、モヤモヤしていてなかなか動けない、とマーケターの方がジレンマを感じている様子を見ている。もっとそうした方々にも愛されたい、必要とされたいと感じました。そこで浮かんだ案がアワードです。
加藤:次は「次の行動に移せるかどうか」ですね。実はマップ作りよりも、作ったマップを踏まえて次の行動に移せるかどうかのほうが、大きな壁になりやすい。実は多くの方々がマップ作りまでやって、そこで離脱しています。
押久保:私たちも、その点を頑張りたいですね。
カスタマージャーニーから得た気づきをテクノロジーで実現して、顧客対応スピードを上げていく
押久保:カスタマージャーニーマップを作る場合と作らない場合を比べると、その後にどのような差が出てくるでしょうか?
加藤:やらない場合、どうしてもチャネルごとの文脈でしかマーケティングやビジネスを考えられないと思います。顧客が置き去りになってしまう。企業側がどれほど、「お客様とは十分にコミュニケーションできている」と思っていても、顧客側は十分だと思っていない“すれ違い”が起きているからです。
押久保:ユーザー目線、顧客視点は、言葉ではよく叫ばれていますが、本当に実践できているのか。毎日私たちもデジタルに触れているのに、仕事となると、途端にこのあたりが見えなくなります。
加藤:そうですね。他にもたとえば、モノづくりの意識が強すぎる場合、「いいものを作っていればいいんだ!」というロジックから抜け出せない。
押久保:みんなそれぞれの物差しを持っているので、何もしなければズレて当然ですからね。
加藤:スピードが重要だからこそ、顧客にどう対峙していくか、チームや全社的な取り組みとして決めておけると、迷わなくなりますし負けなくなります。だからこそ、さまざまなニーズを感じて立ち上げたのが、作成キットであり、ワークショップなんです。意識があっても白紙状態だと、結局始められません。その助力になれれば、と思っています。
押久保:そして、マップ作成後の「次のアクション」こそ大切になる。
加藤:はい。ジャーニーマップは、1回のワークショップで完成せず、ブラッシュアップしていくものです。1回目で見えてきたことが複数あるなら、もっとも重要な顧客接点、カバーできていないリスク要因、課題をランクづけしていく必要があります。予算やリソース、時間で評価しながら、優先順位の高い項目から、ぜひアクションにつなげてほしいですね。
さらに重要なものが、ワークショップで得た気づき・課題をテクノロジーで実現して、顧客体験をより良いものにできないか考えることです。たとえば、会員プログラムに入会してくれたお客様に十分な初期フォローができていないと気づいたなら、ウエルカムプログラムを採用し、複数回に分けてメールやモバイルで、その人にあったコンテンツを自動的に案内するといった対策があるでしょう。
つまり、紙に描いたカスタマージャーニーマップで重要だと発見できたポイントは、顧客視点のシナリオになります。それをデジタルで強化できるのです。これは、今のマーケターが持つ、大きな可能性といえるでしょう。