海外事例に学ぶ、取り組みの素早さと実行力
セッションの後半には、アメリカやヨーロッパといった海外のオムニチャネル事例が紹介された。アメリカの事例は、二度のオムニチャネル体感ツアーへの参加で経験してきたという。たとえば、年間約8兆円というホームセンターチェーンHome Depot(ホームデポ)のアプリについてである。
「アプリで、Home Depot各店の在庫状況がわかるほか、店内のどこに商品があるのかもわかります。情報はリアルタイムで更新されていて、買い物後(POS通過後)にすぐに購入分の在庫数が減ります。在庫数更新が数時間後だったら使わないですよね? でも、1,700店舗、70万アイテムで構成される巨大な仕組みでこれを実現している。だからみんなが使うのです」
Home Depotの例に限らず、逸見氏が感じた以下の所感は、今後のオムニチャネル対応を進めたい企業、組織に対して示唆に富んでいる。
「海外は実験店を作ってみたり、取り組みや見直しのスピードが速い。一方で、日本はついつい完璧な仕組みを作り上げようとして、結局踏み出せなかったり、ITシステム依存になってしまう。そうではなくて、新たな仕組みや運用方法にトライし、ダメなら即見直す姿勢が大切です」
ヨーロッパの視察では、ドイツやイギリスでの事例に触れながら強調したのは、「当たり前のことを当たり前にできていること」の重要性だ。

「イギリスに845店舗を構える大手小売店Argos(アルゴス。2016年にSainsbury’s:セインズベリーが買収)の場合、ネットで注文して店舗で受け取る顧客が主流で、顧客は自宅から店頭在庫がある店舗を選択し、受け取りに行きます。これは各店舗、ネットで在庫が一元管理されているから。“当たり前では?”という声が聞こえてきそうですが、実際に国内でできている企業がどれほどあるでしょうか?」(逸見氏)
バズワードではなくスタンダートなこと
最後に逸見氏が語ったのは、現時点で考えるオムニチャネル観だ。
「狭義で捉えると、オムニチャネルとは販売の仕組みだけの話になります。ネット注文と店舗対応の話から在庫管理、物流システムという仕組みの確立ですよね。でも実際、その仕組みは新規/既存顧客対応といったマーケティングの話から、販促、ブランディングという話、経営戦略、ECのアシスト効果みたいな人事評価の話まで広がっていきます。
つまり、これからのオムニチャネルについては、狭義の仕組みと捉えるのではなく、市場全体の動向を意識しながら、全社的な取り組みだと“広義”で捉えることを忘れたくありません。繰り返しになりますが、とても大切なことです」
「オムニチャネルという言葉自体は、バズワードとして消えるかもしれない」と逸見氏は主張。だが、ネットを活用するビジネスのあり方は、時代を経ても変わらないと強調する。

「あくまでオムニチャネルは手段です。後は自社の強みをどう活かすか? 事業規模にあわせて、様々なやり方があるはずです。たとえば地方の小規模かつ単店の専門店が、店頭で実際の購入者と店員とが肩を組んで写真を撮らせてもらい、承諾のもとでFacebookページにアップロードすれば、その専門筋のファンの人に対して大きな集客効果にならないでしょうか? それも低コストで、です。さらにもし、そのお店がネット販売をやっていたら? その専門性に関心のある顧客はネット注文したり、時には旅行中に寄ってくれたりするはずです。早く届くよりも重要なことがあるのです。
大きな投資で、全てをITと仕組みで完結させようとするばかりではなく、リアルの店舗、接客を通じ、コストを抑えた知恵による商売の活性化もまたオムニチャネルです。昔はできなかった個別対応のマーケティングが、マス媒体からネットへの変化や、ITの進化による作業効率化でできるようになりました。この技術の進化を活用しながら、企業は顧客との最適で継続的なコミュニケーションによる関係性の維持を模索し続けなくてはなりません。オムニチャネルの実践は企業に成長をもたらすのですから」