印刷技術という資産を活かしたデジタルトランスフォーメーション
IT技術を通して組織やビジネスの転換を図る、「デジタルトランスフォーメーション」。印刷業界をリードする企業の1社である大日本印刷(以下、DNP)も印刷市場の縮小に際し、プリントビジネスの転換・新分野へのビジネス拡大に取り組んでいる。
9月27日、28日に行われた「MarkeZine Day 2017 Autumn」には、そんなDNPのデジタルマーケティング本部にてデータマネジメント部の部長を務める林典彦氏が登壇。「デジタルトランスフォーメーション 次世代型コミュニケーション手法の進展と課題」と題したセッションで、自社のデジタルトランスフォーメーションについて次のように語った。
「DNPの資産である印刷技術と多様な情報を扱ってきたという強みを活かし、技術開発力を高めてきました。スマホ決済に対応したクラウドペイメントプラットフォームの提供や国内13ヵ所にあるコンタクトセンターの運営など、印刷にとどまらない新たなビジネスが成長しています」(林氏)
求められる企業活動プロセスのデジタル化と組織変換
デジタルトランスフォーメーションとは、2004年にスウェーデン・ウメオ大学のエリック・ストルターマン教授が提唱したとされている考え方だ。林氏は、この考え方について「企業活動プロセスのデジタル化と組織の変換という2つの視点から考えることができます」と話した。
まず企業活動プロセスのデジタル化には、3つのフェーズがある。
第1フェーズが、ITの導入による業務プロセスの強化。第2フェーズが、ITによる業務の置き換え。そして第3フェーズは、ITと業務がシームレスに変換される状態を指す。
もう1つの視点である、業務を行う組織の変換について林氏は「デジタルトランスフォーメーションには4つの事業組織モデルがある」と語り、その分類は以下のように示した。
1.全社横断組織(経営本体の直下に置かれ、すべての部署を横断してデジタル戦略を立てる組織)
2.事業特化型組織(既存サービスのデジタル化を進める組織)
3.機能特化型組織(複数の事業部門に共通した機能のデジタル化を推進する組織)
4.デジタルイノベーション型組織(デジタル技術を用いた新規事業の開発を目的とした組織)
林氏が所属するデジタルマーケティング本部も、これら2つの視点を踏まえて設立された組織だ。DNPのデジタルマーケティング事業のミッションは、マーケティング領域におけるデジタルトランスフォーメーションの実践を支援すること。マーケティング分野における業務効率化・販売促進のコンサルティングや運用オペレーションのサポートを行い、顧客のデジタルマーケティングの課題を解決している。
感動体験を創造しマネジメントする、DNPのデジタルマーケティング支援
林氏は次に、DNPのデジタルマーケティング事業が提供する次世代型のコミュニケーションについて語った。
同社では、以下3つを企業が抱えるデジタルマーケティングの課題としている。
これらの課題を解決するため、DNPが考えたコンセプトは「Emotional Experience 現実(リアル)とデジタルをつなぎ、感動体験を創造する」ことだという。
「体験とは、満足と不満足の連続です。たとえばレストランへ行ったときのことを考えてみましょう。良い接客を受けたり、何かしらの理由でクーポンが使えなかったりと様々な出来事を体験します。そして、それが自分の期待値を超えると満足し、下回ると不満足に思います。
このような体験の中にある細かいボトルネックやペインポイントを探りながら、顧客満足度が低い点は改善し、高いところはさらに向上させていく。弊社はこの視点のもと感動体験を創造し、マネジメントしていきます」(林氏)
生活者のデータを分析し、適切なコミュニケーションを実行する「diip」
顧客の感動体験を創造し、マネジメントする。この実現のため、DNPが開発・提供しているソリューションが「diip(data integrated information platform)」だ。
diipは、DMP(データ・マネジメント・プラットフォーム)とMA(マーケティング・オートメーション)の要素を持ち合わせたデジタルマーケティングプラットフォーム。様々な業界で利用できる豊富な分析テンプレートを用意し、担当者の変更や経験値の違いにも対応できる使いやすさが特徴だ。またdiipの研究開発企業は日本国内にあるため、改善やサポートも柔軟だ。
林氏は同ソリューションのストロングポイントに関して「生活者との接点で得られる多様なデータを分析し、一人ひとりの体験にあったタイミングでコミュニケーションを提供できることだ」と語った。
顧客のセグメントを購入実績から購買商品の傾向へシフトさせ、購入コンバージョンがアップ
同サービスの説明をしたところで林氏は、diipの事例をいくつか紹介した。最初に挙げたのは、同ソリューションのMA機能を活用した「honto」の事例だ。hontoは、トゥ・ディファクトが運営するハイブリッド型総合書店。丸善・ジュンク堂書店・文教堂などの書店利用と、電子書籍と書籍の通販が可能なWebサイトを連携したサービスを提供している。現在400万人の会員を持つ。
「従来のMAは、顧客のロイヤルティに応じてセグメントを行います。hontoでも、購買実績に基づいた顧客セグメントに合わせてメールを配信していましたが、diipの導入後は、セグメントを購買行動のタイミングに変更しました。購入する前、購入を検討中など会員の行動にそってシナリオを設定し、ターゲティングメールを配信したのです。結果、メールの開封率が2倍近くになり、コンバージョン数も増えました」(林氏)
まさに、「選ぶ」「買う」という行動にともなう感情を意識した施策となっている。
パーソナライズド動画で、One to Oneコミュニケーション
続いて紹介されたのは、diipが連携可能な様々なアウトプットのひとつ、パーソナライズされたコンテンツ配信の事例だ。某保険会社では、契約更新の案内にDNPが提供するパーソナライズド動画を採用。動画内に顧客の名前を表示するだけでなく、おすすめの契約内容・金額に加え、契約情報に合わせたオプションのレコメンドを行うことで、更新率の向上およびクロスセルを実現している。
パーソナライズド動画の作成は、動画生成エンジンで自動化されている。PC・スマホと複数のデバイスに対応し、動画視聴行動データも取得可能だ。
さらに、セキュアな環境で配信できる点も好評だという。映像コンテンツと個人情報のデータは別のサーバーで管理しており、動画へのアクセスがあると、それぞれのサーバーからデータが配信されるため、シームレスかつセキュアな配信を可能にしている。
これにより、顧客の行動ログやアクションに応じて、リアルタイムに動画を生成して提供することができ、より顧客の状況・要望に合わせたコミュニケーションがインタラクティブに行えることも特徴だ。
生活者の属性にマッチングしたコンテンツを、紙媒体でレコメンド
これまで、MAと連携するアウトプットとしては、メールやLINEといったデジタルのチャネルを中心に考えられてきた。一方、顧客にはデジタル施策のみでリーチできない層もいるため、デジタルとアナログ両方を組み合わせた施策を実行する必要がある。
そこでdiipは、ダイレクトメールやパーソナルカタログなどの印刷物にも対応。つまり、これからはパーソナライズされたコンテンツは、紙媒体でも届けることができるのだ。
「1枚1枚を違う内容にできるバリアブル印刷が登場したことで、パーソナライズドDMの市場は伸びています」と林氏は話す。
紙媒体も今や個人に合わせて内容を最適化できる時代。DNPが独自に開発したクラスターである「生活者DNA」をもとに商品をマッチングさせて制作・配布するレコメンドチラシは、通常のチラシよりも購入率が2倍となる結果が出ているという。
印刷会社の強みを活かしたコミュニケーションを
最後に林氏は今後の印刷業界のトピックとして、MAベンダーと印刷会社の提携が増えていることを挙げた。
「需要が伸びているDMについて、DNPは得意とする高クオリティなDMで価値を上げていきたいと考えています。そのためにもdiipは他社のMAベンダーとも連携し、プリント出力するゲートウェイ機能を強化していく予定です」(林氏)
現在クライアント企業からは、MAを導入したが運用が難しい・人手が足りないという相談が多くなっているという。林氏はDNPのデジタルマーケティング支援について、「生活者と企業をつなぐ各種コンテンツ制作だけでなく、CRM設計や販促キャンペーンの運用など幅広いサポートをしていきたい」と話し、セッションを締めくくった。