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メディア化する企業ブランド コストセンター化を避け、品質を高めてコミュニティを作るには

 コンテンツを通じて見込み顧客のニーズ育成、ファン定着をはかるコンテンツマーケティングが日本でも定着する中、コンテンツ制作やオウンドメディア運営にかかるコストの増大がブランドにとって悩みの種となっている。この課題と解決方法について、ノアドットCEOの中瀨竜太郎氏と、グライダーアソシエイツ取締役副社長の荒川徹氏が語り合った。

メディア活動が直面している問題とは

 昨年末、他社記事のコピー&ペーストや、信憑性に欠ける記事の制作で記事本数を増やし、SEO対策で検索流入量を増やして広告ビジネスを展開した事件が話題となった。いわゆる「WELQ問題」と呼ばれる事件だ。

左から、ノアドット株式会社 CEO 中瀨竜太郎氏、株式会社グライダーアソシエイツ 取締役副社長 荒川徹氏
左から、ノアドット株式会社 CEO 中瀨竜太郎氏、株式会社グライダーアソシエイツ 取締役副社長 荒川徹氏

 ネットメディアだけでなく、雑誌や新聞、テレビなどの映像メディアのほとんどは、企業の広告費によって事業を成り立たせている。そしてその広告売上を伸ばすためには、メディアの媒体価値がポイントになる。

 ネットメディアの場合、「検索結果の上位に表示され、誰もが見る媒体」となれば、媒体価値が上がり、その分広告費の向上が見込める。良心的なメディアであれば、時間をかけて取材をして良い記事を作り、少しずつ読者を集めて媒体価値を上げるはずだが、媒体価値を急激に向上させるための抜け道があることが、「WELQ問題」の引き金となった。

 WELQは短期間に大量の記事を作成してSEO効果を高めるべく、既存の記事から内容をコピーし、部分的に修正することで独自の記事として公開するノウハウを構築し、組織的に実行していた。

 既存の著作物に対する配慮が不足していたこと、医療というセンシティブな事柄を扱うメディアであるにもかかわらず一部で不正確な内容の記事を配信していたことが、社会的に強く問題視された。

 ノアドット CEO(最高執行責任者)の中瀨竜太郎氏は、WELQ問題の背景にある、ネットメディア環境の悪化を懸念していた一人だ。

 「Webは、コンテンツとメディアが供給過剰になる性質を持っているので、希少性が失われて収益化効率が下がる、認知コストが上がってリーチ規模が出ない、という構造的な課題を内包しています。

 この構造的な課題を放置したまま、コストをかけずに認知を得ようと「SEOハック」が横行して検索結果が汚れたり、獲得した読者の認知から0.01円でも多く稼ごうとメディアが酷い広告体験を提供したりするなど、ネットのメディア環境は、いま本当に酷いことになっています。

 こうした読者体験無視のメディア活動が、AppleにiOSやmacOSでのアドブロック機能を強化させる要因となり、GoogleのChromeも同様の動きを見せています。メディアにとっても広告主にとっても、一つの分岐点に来ています」と中瀨氏は話す。

 ノアドットが提供するサービス「nor.」は、「メディア活動の優しいかたち。」というコンセプトのもと、共同通信とヤフーから出資を受け2015年4月に設立された企業だ。その根幹には、「共同体としてのメディアの確立」という理念がある。

 具体的なサービス内容は、メディア(コンテンツホルダー)がnor.に保管しているコンテンツを、キュレーションアプリ、オウンドメディア運営者などのキュレーターが個別許諾なしで自由に取得し、その見出し(タイトル、写真、冒頭100字)をアプリやサイトで配信できるというものだ。

 記事ページは this.kiji.is という中立的なドメインからコンテンツホルダーのブランドを冠して配信され、その配信によって生まれる広告収益は、コンテンツホルダー側が61.8%、キュレーター側が38.2%で分け合う形となる。

 「メディアはこれまで、自社ドメインへのPV欲しさにブランドや収益を捨てて外部メディアにコンテンツを配信する”通信社化”してきましたが、このモデルであれば、他社の集客力を利用しながらコンテンツホルダーとしてのブランドと収益獲得の主導権を保持できます。

 またキュレーターは、コンテンツのすべてを自社制作しなくても、他社の制作力を利用しながら、注力したいコンテンツだけを自ら作り込んでアプリやサイトの運営ができる。

 こうしたコンテンツの制作力と流通力を共同所有する仕組みが確立することで、Webの構造的な課題を解決できるのです」と中瀨氏は説明する。

 現在nor.には、160媒体以上と契約して韓国語や中国語、英語のコンテンツも含めて毎月数万本のコンテンツが保管されているそうだ。

良質なコンテンツの流通を支援するのがメディアの役割

 一方、キュレーションアプリ「antenna*」を展開するグライダーアソシエイツ 取締役副社長の荒川徹氏も、昨今のキュレーションメディアの問題を危惧する一人だ。

 荒川氏は「良質な記事や特徴を持ったメディアやコンテンツこそ、世の中に流通するべき」という考えを持っている。そんな荒川氏が注目しているのが、企業が持っているコンテンツだ。

 たとえば、カゴメの「VEGEDAY」は、多くの人々に野菜に関する関心を持ってもらうことと、カゴメのブランドイメージ向上を目指し、2017年春に開設されたメディアである。カゴメが100年以上蓄積してきた野菜に関する知識が詰まっており、読み物としても非常に有益なものとなっている。

出典:カゴメ株式会社「VEGEDAY」
出典:カゴメ株式会社「VEGEDAY」

 荒川氏が企業ブランドのメディアを見ていると、「非常に変化が速く、面白い試みを次々と行っている」と感じるそうだ。

 たとえば、トヨタの「LEXUS」ブランドで運営する「VISIONARY」というオウンドメディアは、LEXUSが提案するライフスタイルへの価値観やスタイルを展開している。特徴的な試みとしては、BGMとともに、J-WAVEでナビゲーターを務める岡田マリアさんが記事を読み上げる音声コンテンツを提供していること。価値観を表現する手段として「音」も活用しているわけだ。

 こうした企業が発信している良質なコンテンツは、もっと読まれるべきではないか。荒川氏は、「カゴメ様やトヨタ様のような企業のオウンドメディアが持っている価値あるコンテンツと、今後nor.がタッグをくむことができたら、生活者のためにも、企業やメディアに対しても、新しい価値が提供できるのではないか」と語る。

 もうひとつユニークな試みは、日本航空が展開している「機内Wi-Fiだけで楽しめるコンテンツの提供」だ。日本航空は2017年5月よりantenna*と提携し、国内線全便の機内および羽田空港のファーストクラス・ビジネスクラス専用ラウンジだけで楽しめる独自コンテンツを提供している。飛行機と空港ラウンジの中という「場所」をメディア化することで、ブランド価値向上につなげているわけだ。

 記事の後半では、「ブランド化するメディアの運営」をめぐる中瀨氏と荒川氏の対談の様子をお届けする。

接点のないユーザーにコンテンツを認知してもらうには

中瀨:ブランドのマーケターはオウンドメディアを作る際、完成形のパッケージを目指すケースが多いと思います。労力を割いて誠実にコンテンツを作るのですが、悩ましいのは、その企業のファンはメイン読者となるものの、見込み顧客となる「ファンの外」にはなかなか届きづらいことですね。

 すると、やはりコンテンツ単位でリーチを拡げてブランドの認知を獲得していくことは重要になります。一方で、人が作ったコンテンツを自分たちのメディアブランドに取り込んでいくのは難しい。この点について、荒川さんはどのようにお考えですか。

荒川:おっしゃるとおり、リーチに悩んでいる企業は非常に多いので、nor.の提案は有効だと思います。一方で、いま指摘された「他社のコンテンツをどう取り込むか」という問題については、なかなか結論が出ません。強いていえば、実際に編成を仕切る担当者の力量によるのではないでしょうか。

 コンテンツの再編成には、コンテンツの制作やメディア運営とはまた別のスキルが求められますが、根底にあるコンセプトがぶれなければ、試行錯誤しながら自社にとっての解を見つけられると思います。

中瀨:最初から他人のコンテンツを入れる形で運営していくというのは重要ですね。

荒川:本来であれば全部を自社で作りたいところですが、それができないのならば、選択と集中をやった方がいい。でも、これまでそういうやり方ができなかったのです。実際、自社でコンテンツを全部作ることで苦しんでいる企業は多いと思います。nor.のような仕組みをうまく使えば、良い企画が出てくるのではないでしょうか。

コストセンター化するオウンドメディアの課題

中瀨:最初は予算がついていても、やがてコストセンター化していくオウンドメディアは多いのですか。

荒川:やはりコストセンター化するケースは、一定数あります。いまは単に取材してコンテンツを作るだけでなく、デバイスに最適化した対応も求められますから、やるべきことは本当に増えており、コストはふくらみがちです。

中瀨:nor.はブランドやメディアにとって、全方位にコストをかけるのではなく、集中すべき領域にコストをかけられる仕組みです。たとえば、コンテンツの保管もHTMLでは行っておらず、今後の標準仕様や技術の変化に対応しやすくしています。そういったメディア活動の本質から外れた共通コストはnor.が負担することで、メディアにかかる労力を軽減しているのです。

荒川:ただ、記事の作り手が「こんなはずじゃなかった」という使われ方になるのは避けたいですし、またブランドにとっては「他社と同じような記事を使用し、同じようなサイトになるのは避けたい」という思いもあります。運営上の工夫が求められますね。

コンテンツを組み合わせることを前提にした運営方法

中瀨:まずブランド側は、コンセプトの部分をしっかり作り込むことが重要です。先ほども荒川さんの方から、コンセプトの重要性の話が出ましたが、そこでぶれると、他者が作ったコンテンツの活用はうまくいきませんよね。

荒川:antenna自身もキュレーションメディアですから、ブランドが抱えるその課題に対しては、親身に向き合えるはずです。私たちは、コンテンツの活用で悩んだ時には、必ず「なぜこのキュレーションをしているのか」「ユーザーにどういう気持ちになってもらいたいか」に立ち返ります。そうすることで、選択ができる。ここでぶれないようなコンセプト作りが重要です。

中瀨:グライダーアソシエイツさんは、コンセプト作りを支援することもあるのですか。

荒川:日本航空さんの場合、「お客様にどういう気持ちになってもらいたいか」「ブランドとしてどういうコンテンツを作りたいか」ということをヒアリングして、プラットフォームを設計しました。重要なポイントは、こういった企画には終わりがないこと。サービスは進化し続けていかなければならないので、メディアを運営し続けることには本当に相当な労力がかかると思っています。

中瀨:ブランドは「読者にこういう価値を提供したい」というコンセプトの実現にこそ、コストをかけるべきですよね。Webが登場するまでは、メディアのコンセプト実現にコストをかけるだけの余裕がありましたが、現在のWebは過当競争状態で、とにかく人をかき集めてコストをかけずに拡散することが中心となってしまっています。しかしそれでは、ブランドのためにならない。

荒川:nor.の仕組みを活用し、膨大なコンテンツを自力で作成することに時間やコストを割くのではなく、コンセプト作りに時間をかけ、要所でエッジの効いた情報を提供できればいいですよね。共通化できる部分は共通化して、エッジのきいた部分を要素として残すことができれば、読む人にとっても大きなメリットになります。

 nor.の仕組みによって、コンテンツの作り手はより報われるはずです。コンテンツの作り手が正当な対価を得られるカルチャーが育たないと、いい作り手がいなくなります。安かろう悪かろうではない、良心的でいて効率的なメディア運営が求められていると思います。

中瀨:コンテンツの量産から、オリジナルでユニークなコンテンツ作りへと、メディアの揺り戻しがきているのではないでしょうか。こうした中、メディア運営について共通化できる部分はnor.のような仕組みに任せて、ブランドの方にはぜひ、エッジのきいたコンセプト作り、コンテンツ作りに注力していただきたいと思います。

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この記事の著者

岩崎 史絵(イワサキ シエ)

リックテレコム、アットマーク・アイティ(現ITmedia)の編集記者を経てフリーに。最近はマーケティング分野の取材・執筆のほか、一般企業のオウンドメディア企画・編集やPR/広報支援なども行っている。

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

【AD】本記事の内容は記事掲載開始時点のものです 企画・制作 株式会社翔泳社

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MarkeZine(マーケジン)
2017/11/09 11:00 https://markezine.jp/article/detail/27322