データとデータドリブン方針を、タテ・ヨコの人と共有する
江川:社内決裁の話題が出たところで、組織論をうかがいたいと思います。データドリブンなマーケティングを実現するためには、どのように組織を作るべきでしょうか?
井原:僕が実際にやったのは、会社にマーケティングの予算がある時期を狙って、データドリブンを推進する「プロジェクト」を起案するんです。まずプロジェクトの形で始めて、一定の成果が出たら組織としてオーソライズしてもらう。

重要なカギは、執行役員やマネージャーといった意思決定者がデータに興味を持っているかどうか。起案資料に対して「これ、根拠が少なくない?」と返してくれる上司が理想です。データにアクセスしてくれそうな上司には、自分が提案する施策にデータを見てもっとツッコミを入れてください、とお願いしてきたほどです(笑)
鋤柄:データを整備して、データについて社内で共通する考え方を持つことが大事ですよね。上司とも、横のラインとも。リクルートライフスタイルさんは組織の規模が大きいだけに、横の連携はどうしていますか?
井原:僕らは「ガバナンス課題」と社内で名付けていて(笑) 立場が違うとデータの見方やデータの定義が違うじゃないですか。マーケと営業でも、データの解釈がブレる。
鋤柄:よくありますね(苦笑)。
井原:そこで、共通の「データマート」(目的別に構築されたデータベース)を作って、日次で更新するようにしました。データマートのおかげで、扱うデータや分析内容がそろうようになり、社内では各部署がTableauを使ってガンガンレポートをあげていますが、ある程度データの扱いについてガバナンスが効くようになりました。
データドリブンを切り拓く「考える力」と「圧倒的当事者意識」
江川:ここまでのお話をふまえて、データドリブンを推進するマーケターに求められる力は、どのようなものでしょうか。
鋤柄:一言で言えば「考える力」。AIを使って作業を自動化するにしても、肝心となるAIの振る舞いに対する設計は人間が担います。CtoCのサービスだとユーザーインサイトは自分たちが担うべきです。

井原:僕のキャリアからくる持論だと、「マーケター×◯◯」みたいな、プラスアルファの職種を取り込んでいくことが重要です。ベースはマーケターだけれどSQLも書ける、クッキーの仕様に詳しい、オペレーションの構築ができるみたいな。既に弊社でもマーケターが他部門を兼務する動きが出てきています。
江川:日本型組織ではジョブローテーションがあるからマーケターの専門性が育たない、という話をよく聞きますが、むしろマーケターが積極的に新しいジョブを取り込んでT型人材に成長していくんですね。日本型組織に属するマーケターのロールモデルとして、とても魅力的だと感じます。
とはいえ、井原さんはどうしてそんなにいろいろな専門性を身につけられたんですか。並大抵の努力ではできないと思うのですが。
井原:マーケティングでも、プログラミングでも、システム構築でも、ビジネスプロセス改善でも、営業でも、ほとんどの仕事は「問題解決」だと思うんです。職種によって「武器」が違うだけじゃないかな、と。
やっていることは本質的には違わないので、違う分野に対して苦手意識を持たずに、3ヵ月、半年と兼務して、同僚と一定レベルの話ができるようになれば、問題解決の幅が広がるはずです。弊社の言葉を使えば「圧倒的当事者意識」を持てば、表面的な「武器」の違いは問題にならず、道が拓けるはず(笑)
鋤柄:自らのキャリアを考える上でも大事なスタンスですよね。自分に足りないことが何か、この能力があればもっと活躍できると考えられれば、それを取りに動く。
江川:最後に、マーケターがデータドリブンに対する社内コンセンサスを作るときに役立つよう、「データドリブンにするとどんないいことがあるのか」をおうかがいします。
井原:二つあります。一つは、多くの企業にとって「やっていないことをやる」ことになるので成果が出やすい(笑)。もう一つが、組織全体のモチベーションアップにつながることです。コールセンターのマネジメントをしていた頃に、データが入っていなかったところにデータを入れると、メンバーが自発的に業務改善に取り組む姿を間近で見てきました。コールセンターの責任者がJavaScriptを勉強し始めて「この部分を自動化したい」と伝えてきたり。データの可視化は現場の士気を格段に上げるはずです。
鋤柄:オフライン施策のデータ化は、小さな取り組みでも大きな改善につながります。数十万円のスモールスタートが可能なオンライン施策と違い、オフライン施策は予算規模が大きくなりがち。データを示せれば予算規模を維持したまま社内承認を得やすくなるという効果もあるはずです。